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この鼻を刺激する強烈な悪臭は、死体が腐乱したものではなかった。確かに悪臭は漂っているが、女から『死んでしまった』と連絡を受けてから3時間弱。その短時間で流石に死体が腐乱することもない。
例えようのない悪臭は―――死臭と言えばいいのか。この異様な雰囲気が作り出した架空の臭いなのかもしれない。
「どうしよう…私……“計画外”だったけど。止められなかった」と部屋の中で数時間を共にしていたのだろう、女はもうこの異臭に耐性ができてしまったのか特に鼻を覆ったりすることなく、彼女に縋ってきた。それともやはりこの異臭は彼女だけが感じ取る何かなのだろうか。
それとも女の気が動転しているからか。
たぶん後者だろう。
「終わったものは仕方ないよ。しっかりして。大丈夫、ここは私が何とかするから。“計画”は続行よ」
「何とかって……」女が不安げに声を揺らし、さらに彼女の華奢な腕に縋ってきたが、彼女はその小柄な体では想像もつかない強さで女を押し戻し
「私に任せて、言ったでしょう。大丈夫よ。私があんたを守る。ねぇ教えて。医者が最後にこの男を診察したのは何時」彼女が聞くと女は少しばかり逡巡するような表情になり、やがて「午後3時頃だったわ、確か。4時間近く経ってる」と答えた。
「オッケー」彼女は頭の中ですばやく計算をして、バルコニーに出られる出窓を締め切り、エアコンを最低温度まで下げ
「次、診察時間は大体どれぐらい」と再び聞くと
「もうあと少し」と女が不安そうに顎を引いた。
彼女はエアコンが切れるタイミングを30分後にタイマー設定して、
さっきはあんなに嫌悪感があったのに…いや、今だって実際ある。彼女が目にしているのは「死体」だから、の元に回り込み男の両脇に手を突っ込んだ。死体に手を触れること自体はじめてだった。ましてやこのような“変死”状態なら尚更。しかし今は嫌悪を抱いている余裕なんてないのだ。
「どうするって言うの…」女が不安そうに聞いてきて
「死亡推定時刻をごまかさなきゃ」
たったの30分でどこまで遺体が冷えるのか分からなかったが、少しでも誤魔化せればそれでいい。
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