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小学生の時。私は黒い兎に次ぐ名画を生み出した。
それは、父の日に向けて描いたお父さんの絵だ。
その頃、私には父と呼べる人が家庭内にいなかった。父の日だから、お父さんの絵を描きましょう。と言われても、誰を描いたらいいのか分からなかった。
クラスメイトの手はスルスルと動いていた。彼らはお父さんなる人を頭に思い浮かべ、それをいかに似せて描くかを考えていた。
お父さん。お父さん。お父さん。
お父さんがいない人はどうすればいいですか?などと先生に聞ける程、私のメンタルは強くはなかった。
私は世に言う『お父さん』を思い浮かべ、それっぽくなるように絵を描いた。
お父さんといえば、メガネをかけているよね。来ているものはスーツかな。あと、帰ってくる時はお土産をぶら下げてくるんだっけ?あ、仕事に行く時はやっぱり地下鉄だよね。あれ?車かな。
そんなこんなで完成した絵は、当たり前のように私の父ではなかった。誰だこの人。そう思いながらも、説明欄には『私のお父さん』としっかりと記した。
ちなみに、私の父は普通のサラリーマンだったり、タクシーの運転手だったり、大工だったり、惣菜屋の店主だったり——と、次から次へと仕事を転々としていたらしい。
母と別れた後、何をしてお金を稼いでいたのかは分からない。今となっては全てが笑い話だ。
だって、父は死んでしまった。
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