黒い兎

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   父は死に。私は今日も生きている。  父の命日には花を飾り、好物を供える。  愛しい息子は「おじいちゃん、元気ー?」と言いながら空に手を振る。  私は「きっと元気だよ」と言って彼と一緒に空を見上げる。  父は黒い兎だ。私の人生の画用紙のちょうど真ん中を黒に染める黒い兎。  だけど、私は知っている。他の誰が見ても決して気がつかないけれど、本当は黒い兎の下に、ふわふわで可愛らしいピンク色のうさぎが隠れていることを……。  父は黒い兎だ。どうしようもなく不器用で、本当にどうしようもないくらいダメな人間だ。  だけど、私は彼の大きな手を忘れられない。  なーちゃんはお利口さんだと言ってくれた、優しい笑顔を忘れられない。  父は黒い兎だ。だけど、私は知っている。いや、私だけが知っていれば、それで良い。大切なことは、私だけが知っていれば、それでいいのだ。 「おとーさーんっ。私は元気だよー‼︎」  空に向かって思い切り手を振る。 「僕も元気だよー‼︎」  私の真似をして息子が手を振る。  私は彼の笑顔を見つめながら、神様に願うのだ。  どうか、息子が父のようなダメ人間になりませんように……。
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