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飛び込みであと2つ取材をして記事を書かなけらばならない。
入稿締め切りは明日午前。編集長のチェックで差し戻しがあれば店側に確認を取らねばならない。
この記事のリミットは明後日19時。
効率よく回れるようにルートを組み立てた中で、気になるところをピックアップして、乗り継ぎの合間に問い合わせた。
6軒目を終わって、7つ目がなかなか決まらなかった。もう夕方だった。
時間的に取材を受けたくても今日中の取材は無理と断られる時間だった。次の機会の繋ぎの約束だけして、詫びて電話を切る。そんな流れが何件か続いた。
人気商品が売り切れては取材のしようもない。もう無理かもしれない。
それでも山井は必死にパン屋を探し、問い合わせた。
やっと了解が得られたのは当初予定していた取材エリアからだいぶ離れたところだった。
自分の利用している路線の、いつも使う駅の三つ手前の駅から徒歩20分のところで、もし終電がなくなっても究極歩いて帰れると踏んでの選択だった。
選んだのはそれだけが理由ではない。そのパン屋の売り上げナンバー1がくるみパンだったからだ。くるみパンは山井の好物だった。
少し離れたエリアでもその店を載せることを編集長は快くOKしてくれた。山井の苦労は言わなくても分かっていたようだった。道々6つのデータを送信する条件で直帰の許可も得られた。
店に着いたのは20時を少し回っていた。当然のように閉店していて、真っ暗だった。
明かりの消えた店の前でもう一度電話をかけると、店の奥の明かりがついて、白い詰襟に青いスカーフネクタイをした長身の男性が出てきてホッとした。
茶色の髪を前髪ごと後頭部で結わえ、口髭とあご髭を綺麗に刈りそろえた美男子だった。
「◎文社の山井です。突然の依頼を請けていただきましてありがとうございます」
「シン?」
「え?」
「やっぱりシンだ! 久しぶりだな、俺だよ、カズ! 忘れた?」
「え、ええ?? カズ?、ホントだカズだ! え、カズ…、何年ぶり?」
高校を卒業してちょうど10年だから、それ以上になる。
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