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OKをもらうとすぐに編集部へ送信した。これで、あとは写真だけ。明日、編集長のチェックが通ればそのまま記事にできる。
「記事が載るのは来月?」
「再来月の企画だけど、もしかしたら来月号かな…明日には決定するはずだから、決まったらすぐお知らせします」
ぺこりと頭を下げる。
顔をあげると柔らかい押川の笑顔に、山井も笑顔になった。照れる。
やっぱり綺麗な男だ。
こんな辺鄙な田舎の、駅から離れた住宅街にある店だけど、きっと押川のような店長がいると知れたら、女性がたくさん集まってくるのではないだろうか。
「あ~、カズの写真も撮っていい?」
「シン用?」
「いや、今思いついたんだけどさ、企画を出そうかな、と思ってパン屋の商品じゃなくて店長特集とかあったら面白いかなと」
「…、その企画はちょっと…無理かな」
「嫌?」
「俺だけじゃないと思うよ。パン屋はパンを評価されたいんだ。…わかる?」
「そ、そうだよね、ごめん」
沈黙。
静寂を破ったのはタイマーの音だった。
一次発酵を終えた生地のガス抜きをして、しばらく休める。
押川はほぼ無言で生地の状態から目を離さない。
ところどころ許しを得ながら、その作業の一つ一つを写真に収める。
成形し、二次発酵に入れたところで、もう一度、聞いた。
「やっぱり、カズの写真撮らせてよ。僕用に」
高校時代にも撮らせてもらったことがない。
なんでだったか思い出せないが、自分が撮った押川の写真がないのは事実だ。
「撮ってどうするの?」
押川は顔を上げず、作業台をふきながら聞き返した。
また拒絶の気配。
高校の時もそうだった気がする。写真部にいて、写真を撮るのは好きでも自分が被写体になるのを嫌がるのはそんなに珍しいことではなかったから、疑問に思ったことはなかった。
でも、今はその頑なさにムッとした。
「…どうも、しない」
「じゃあ、撮らなくてもいいだろ?」
手を止めて、下を向いたまま、小さく言った。
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