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食い下がったら怒られるだろうか…。
「ど、どうかするなら、いいの? ぼ、僕が、お前の写真で何かしてもいいっていうのか?」
言うべきじゃない、そう思いながら聞いてしまう。
押川は身じろぎもしなかった。
「…」
「っ、たく、何もしやしないよ。何ができるっていうんだ? お前の写真、入学式の集合写真と体育大会の時のしかないんだ。せっかく再会したんだ、記念に一枚撮ってもよくないか?」
「記念? じゃ、一緒に撮ろうか?」
そう言ってキッチンに山井を一人残して出て行ってしまった。
「じゃあ、撮るぞ」
戻ってきた押川はキッチンに入ってすぐにカメラを構えた。
「え? 一緒に撮るってそっち??」
山井も慌ててカメラを構えて、シャッターを切った。
撮れた写真を確認すると、カメラで顔を半分隠して、目をつぶったスマートな男が戸口に立っているのが、なかなか様になっていた。
思わず笑みがこぼれた。
「満足?」
満足だったが不満もあった。
「満足?ってさぁ、普通一緒にって言ったら…」
しかし山井の抗議はタイマーの音にさえぎられた。
普通一緒にっていったら、並んでるスナップじゃないのかよ。その続きの言葉は結局、発せらる機会がないままになった。
発酵器から出されたパンの写真を撮らせてもらい、それが隣の予熱済みのオーブンへと移された。
そこからまた押川は無言になった。オーブンを見つめる整った横顔を山井も黙って見つめた。
香ばしい香りがして、程なく焼きあがった大きめのくるみパン。
ネットでも話題のこの店の一番人気は、大きすぎて1/4カットから販売だが、だいたいホールで買っていくという。
普段、店頭に並べるのと同じように盆にのせてもらって写真を数枚撮る。
「こんな熱々では店頭にださないけど、どう? 焼き立て、食べてみるか?」
「いただいていいの?」
「もちろん、取材のために焼いたんじゃない。シンに食べてもらうために焼いたんだ。熱いから気をつけてな」
「あ、ありがとう、って熱っ」
「気をつけろって」
押川が柔らかく笑った。
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