1. お父さんの心残り

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 お父さんが倒れたという知らせを聞いたのは、それから一週間後のことだった。肝臓がんからあちこちに転移していて、手のつけられない状況だった。  すぐにでも駆けつけたかったが、コロナの感染予防の為、病院での見舞いは制限されている。病室に入れるのはお母さんだけだ。  お父さんを失うかも知れない。それはお父さんの認知症が出始めた時、薄々でも覚悟していたことではあった。けど、それがリアルなこととして目の前に現れて、さすがのわたしも動揺していた。  何かしなくちゃ。今のうちに。……でも、何を?  そこで思い出したのが、一週間前にお父さんから聞いた、あの言葉だった。  ──ロケット。  ──返さないと。  ──俺が悪いんだ。  これは、お父さんの最後の心残りになるのかも知れない。なら、わたしが代わりにその心残りを解消してあげられないだろうか。  わたしは、お父さんのこの言葉を調べてみようと決意した。……それがお父さんの死から、ほんの少し目をそらす行為であると、心の隅で理解しながら。  まず、手近なところから始めてみよう。わたしはオンライン授業を終え、ゲームをしている翔太に声をかけた。 「ねえ、翔太。あんた去年、おじいちゃんにロケット作ってもらってたよね?」 「夏休みの自由研究のペットボトルロケット? うん、じいちゃんに手伝ってもらったよ。それがどうかした?」  手伝ってというか、大半を作ってもらっていたような気がするが、それは今は言うまい。 「その時、何か変わったことってなかった? 例えば、何か貸したとか、渡したとか」  翔太はうーんと首をかしげ、それから答えた。 「そういえば、ロケットを試しに飛ばしてみた時、失敗して壊れちゃったんだよね。その時、じいちゃんが『もう一回研究してみる』って言って、壊れたロケットを持って帰ってた」 「そ、それでそのロケットは?」 「ちゃんと直して返してくれたよ。……ちょっと待ってて」  翔太はバタバタと自分の部屋に駆け込むと、ペットボトルロケットを持って来た。 「ほら、これ。じいちゃん、エンジニア魂がたぎったのかもね」  まだ認知症が軽かった頃のお父さんが作った立派なロケットは、堂々と孫の手の中に納まっていた。
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