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次に電話したのは、町工場の経営者だった高野さんだった。小さな町工場だけど、金属加工の技術では日本でも有数だったという。
ロケットの細かい部品を作る下請けとして、お父さんとは長い付き合いだったが、お父さんが定年退職した少し後に工場は閉じてしまった。
「返してもらうもの? いやぁ、思い当たるものはないですねえ。ロケット部品の試作品をお渡ししたことはありますが、あれは記念に差し上げたものですし」
押入れに入っていた部品類は、どうやらそれだったようだ。高野さんとも少しお父さんの話をしてみる。
「伊藤さんね、金属加工にも興味があったようでしてね。小さな部品をどうやって作るか、熱心に見てましたよ」
「へえ、そうなんですか」
「でもあれだね、伊藤さんが本当にしたかったのは彫金とかそういうことじゃなかったのかな。奥さんや娘さんにプレゼントとかしたかったのかも知れませんねぇ」
そんなものはもらった覚えがない。お母さんもないだろう。第一線を退いて、悠々自適の生活になったらやるつもりだったのかも知れない。その前に認知症になってしまったのだろう。
「バッカじゃないの、母さん」
バッサリ一刀両断する翔太の言葉に、わたしは少なからずムッとした。すかさず夫が「こら、母さんにバカって言うんじゃない」とたしなめてくれる。その辺りは頼りになる夫だ。
夕食の席だった。お父さんに関する知らない話は聞けたものの、肝心のお父さんが返したいものについては全くわからないままだ。そのことを家族の前で愚痴ったら、翔太から返って来たのがさっきの言葉だ。
「だってさー、ロケットに関することなんて、じいちゃんの会社では最重要の機密事項だろ。それに関係するものが戻って来てなかったら、大騒ぎで調べられるに決まってんじゃん。母さんが訊きに行くまで誰もわかんないなんて、ありえないよ」
「う……確かに……」
正論すぎてぐうの音も出ない。
「それにさー、じいちゃん認知症になってて、記憶が子供の頃に戻ってんだろ。だったら、返してないのは子供の頃の何かなんじゃない?」
「なるほどね……」
一理ある。
お父さんがいつも河川敷に行くのは、そこが子供の頃に遊んでいた場所によく似ているからだ。それなら、子供の頃の思い出に鍵があるのかも。翔太、我が子ながら鋭い。
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