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途中で遺体は既に遺体保管所に運ばれた旨の連絡を受けたヘルツ警部はヒューゲルに先にヨーゼフシュタットへ向かわせ、自分は遺体保管所に向かった。蹄と車輪がばしゃばしゃと不快な水音をたてる。三月に入ってからの天気は雪か曇天のいずれかだ。かなり寒く、花は未だ咲く気配を見せない。
遺体保管所に新しく入ったその浮浪者を見てヘルツ警部は直ぐにこれが殺人、それも残忍な類の殺人だと分かった。浮浪者は首の後ろを刺されている。ドクトル・カントの助手を勤めるヨハネスによると凶器は残されておらず、投げたナイフは非常に鋭い、狩猟用の短刀のようなもので有る可能性が高いと言う。無防備に歩いているところを後ろから襲ったことになる。
「この男の身元は?」とヨハネスに聞いた。
「他の浮浪者が『ヘルベルト』と呼んでいるのを聞きましたが、それ以外は何も……」
ヘルツ警部は次に、臭さに鼻を押さえながらヘルベルトなる者の衣服や体格を観察した。故ヘルベルトはかなり長く浮浪者に身を窶したと見えて彼が昔、どんな生活をし、なんの仕事をしていたのかを窺うことは出来なかった。
「ヨハネス、ドクトルにもう解剖に回して良いと伝えてくれないか。わたしはヨーゼフシュタットに向かう」
ヨーゼフシュタットは市内区の近くに位置するが、工場が多く、移民労働者が多く治安が悪化した故に市外区にされた。そのせいなのか、ヘルツ警部はここに来るといつも不貞腐れるような、ささくれた気分にさせられる。車窓から顔を出すとヒューゲルが手を振っているのが見えた。ヘルツ警部はそこで馬車を停め、降りた。
「ヒューゲル、ご苦労だったな。あの男の身元について分かったことを教えてくれ」
「被害者はヘルベルト・ヘルテル、六十五歳。以前は劇場の切符売りでしたが、お喋りの度が過ぎて解雇されました。ホラ吹きで有名で話は上手だったので浮浪者仲間の中では上手くやっていたようです」
「切符売りよりも劇作家や文学者になった方が良かったような人生だな」とヘルツ警部は頷いた。ヒューゲルも大きく頷いた。
「まぁ、罪も害も無いものばかりでしたが警部の言う通りです。なんでも『騎士タンホイザーとヴェヌスの逢引を見た』とか『美しい女の石像と話をした』とか……死ぬ前にも『流星群を見た』と言っていたそうです。こんな酷い天気が続いてる中で流星群なんて見られる訳が無いのに」
ヒューゲルはため息をついた。ヘルツ警部は目を瞬いた。
「確かにあまりにも妄想めいているが、流星群を見た、は前の二つと少し種類が違うな。それを言ったのはいつなんだ?」
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