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カフェを出たヘルツ警部とヒューゲルは一度着替える為に警察庁へ戻り、マルセルから得た話をもとに死ぬ直前のヘルベルトの行動を調べることにした。
「マルセルから聞いた話以上にヘルベルトの行動範囲は広かったな。……ヨーゼフシュタットを出たヘルベルトは外環道を通ってドナウ河を渡り、レオポルトシュタットへ入り、更にジンメリング地区へ向かった……」
そうぶつぶつ呟くヘルツ警部を工場勤めの男たちや失業者たちがじろじろと見ている。目立たない格好で着てもヘルツ警部がジンメリング地区の人間でないことは一目瞭然だった。ヒューゲルはヘルツ警部の左右と後ろに警戒し、彼らから目を離さない。
「また失業者が増えたな……」とヘルツ警部は頷くと空き家と思しき人気の無い建物の壁に寄り掛かった。
「……だけど流星群らしいものなんてありませんでしたね……」と話すヒューゲルは疲れ切っている。「レオポルトシュタットは劇場も無いし……」
「そもそも幻灯機も外で行うものでは無いしな。そうなると何かを見間違えた、ということになるが、それが一体何なのか……」
「……蝋燭じゃ無いですよね」
「蝋燭が青や緑に光るか?」
「うーん……御婦人のドレスとか?」
「こんなところを馬車無しで通るか? いや、待てよ……馬車の装飾か……? いやでも、そしたら音もする筈だ」
「それにヘルベルトが通った小路はここ以外皆、狭くて馬車など使えません。それに目立ちます。この辺りで怪しい人影や怪しい音を見聞きしたかどうか聞いてみますね」
「ああ、頼む」返事をしながらヘルツ警部は背中の埃を払った。手を見て目を瞬かせるとドアノブに手を伸ばした。鍵がかかっていた。今は無人だが、ここ最近まで人が居たらしい。壁は殆ど汚れていなかった。
ヘルベルトはジンメリングで夜を過ごしたようだ。レオポルトシュタットで姿を見られたのは夕方四時から夜八時にかけて、そのあと夜の九時過ぎにヘルベルトらしい浮浪者を見た人間がある。真夜中になると電気街灯を切るのでその中で歩き回るのは危険過ぎる。ジンメリングで過ごし、明け方にそこを出たと考える方が自然だ。しかし……
「あなた、食事ですよ」とレオノーラが肉団子入りのレバークヌーデルズッペを置いて言った。ヘルツ警部は気の抜けた返事をしてそれに手をつけた。その時、レオノーラの袖あたりがきらりっ、と光った。
「!?」
ヘルツ警部の絶句を聞いてレオノーラが顔を上げた。腕を上げた拍子に「あら、嫌だ。飾りボタンが取れてしまいそう。あなた、目敏いわねぇ」と声をあげた。
ヘルツ警部は乱暴に立ち上がって「それだ!!」と絶叫した。「レオノーラ、礼を言う! お前は稀代の名探偵だ! お前のお陰で事件が二つも解決する! こうしちゃいられない! ブロンのところへ行かないと!!」
ヘルツ警部は呆気にとらわれて夫を呼ぶレオノーラを無視して帽子とステッキを掴んで飛び出した。
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