幻の夜

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 ヘルツ警部がヒューゲルと合流出来たのは午後十時を回った頃だった。ヘルツ警部の周りにはブロンたち強盗課の警察官もいた。彼らは夕食のグラーシュも温かいスープもビールもワインも取り上げられて苛々していた。ヒューゲルはブロンの剣幕に内心悲鳴をあげながら、ヘルツ警部が寄り掛かったジンメリングの空き家の詳細を報告した。 「あの空き家はカトリーヌ・ミュラーという名前のフランス人が弟三人と一緒に住んでいて四日前に引っ越しをしています。通いの家政婦でしたが、お針子だったようです。あの家、引っ越した後も蝋燭の明かりを見たとか、音が聞こえたという不審な報告が相次いていたそうです。町の巡査らが鍵を閉めましたが、それでも何故か人が出入りした様子があったそうです。あ、それで警部、言われた通り部屋の中に入って床を調べたらこれがありました。なんでこんなものがジンメリング地区に……」  ヒューゲルはそう言って小さな布袋を渡した。ヘルツ警部はその袋を開けると「うん」と頷いた。 「ブロン」とヘルツ警部が振り返った。「盗まれた宝石類のリストを見せて欲しい」 「ヘルツ、一体何なんだ? 我々をこんな寒い中待たせて」ぶつくさと文句を言いながらもブロンはそのリストを渡してくれた。ヘルツ警部はブロンを無視してリストの紙を凄い速さで捲り、あるところでぴたりと止めた。 「ブロン、この袋にあるものを見てくれ」  ヘルツ警部は苛々するブロンにヒューゲルから渡された布袋を渡せた。ブロンらはそれを訝しんで開けたが、直ぐに目を剥いた。 「おい! これ、どこにあったんだ!? ! なんでこんなものがここにあるんだ!?」  ヘルツ警部の胸ぐらが掴まれる。ヒューゲルら若い警官たちが息を呑むが、ヘルツ警部の目の強い光は怯まない。本当に、星のようだ。 「ジンメリングのその空き家がディースターヴェーク宝石店強盗犯のアジトだと!?」 「そうだ。これが証拠だ。工場地区にこんなものがあること自体がおかしいんだ」とヘルツ警部は件のダイヤモンドを掲げた。 「だけどケルントナー通りからジンメリングまでどうやって……」ブロンはそこまで言いかけてはっと息を呑んだ。「下水道と……秘密通路か!?」  ヘルツ警部は頷いた。「勿論ジンメリングの路地の真っ只中に姿を見せる訳にはいかない。だから奴らは何ヶ月もかけて自分の家から秘密の通路を掘り、繋げたんだ。仮に下水道に潜ったと分かっても秘密の通路がそう簡単に見つからないよう、策を講じた筈だ」 「なんてことだ……」とブロンが呻いた。
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