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「一時間遅いんだけど」
インターホン越しに応答した声は、寝起きなのかと思われる不機嫌さがあった。
「す、すみません……部活があって」
「そう。まあ入って」
扉には定休日の札がかかっていたけれど、鍵は開いていた。
宮名木さんが迎えに出てくれるわけではなかったけれど、それはそれで、今度は店内を眺める余裕がある。床は黒いタイル貼り。天然木一枚板風のテーブルに、竹や畳素材を使用したモダンなデザインの椅子を合わせている。茶室のイメージだろうか。天井からは和紙を貼ったペンダントライトがテーブルごとに吊り下げられている。こじんまりとしたおしゃれなお店だ。学生だと言っていた宮名木さんだが、お店の運営には関わっているのだろうか。働いているイメージがどうしても湧かなかった。
二度目の訪問だが、この中庭の、時が止まったような静寂には慣れないものだ。ともすれば一度目よりも緊張感が漂っているようにも感じられた。
「こっち」
と、宮名木さんの声だけが、かすかに響く。
阿鳥は、なるべく砂利を踏まないように、庭の中央に敷かれた飛び石を伝い歩いた。
前回同様、縁側に座していた宮名木真幌だが、今日は和装ではなかった。
濃紺のジーンズ、白いTシャツの上に薄手の黒いジャケットという、いわゆる『普通な』格好をしている宮名木さんは、案外どこにでもいる眼鏡男子で、なんだか少しほっとする。
「宮名木さん、今日、学校……?」
「休み」
「そうなんですね。着物じゃないから、出かけてたのかと」
「あれパジャマだし。恥ずかしいだろ普通」
全然恥ずかしそうに聞こえない宮名木さんの発言に、阿鳥は逆に赤面してしまった。
「すいません……」
俯くとすぐ足元に、こちらを見上げている鶏……ではなく、
「あら朱雀ちゃん」
「三十分ぐらい前からいる」
空を飛べたら自分も三十分ぐらい前に来れたのだけれど。申し訳ない限りだ。
宮名木さんはのっそりと立ち上がりながら、
「ま、入りな。そこで靴脱いでいいから。朱雀は悪いけどそこで聞いてろ」
と、阿鳥だけを奥の座敷に通した。
「お、お邪魔します」
ぺこりと頭を下げて、石段の下にローファーを丁寧に揃えて置き、そっと縁側へと上がった。朱雀もすぐ後ろを付いてきたが、その場で聞いてろと言われたのを律儀に守って、ローファーの前でぴたりと立ち止まった。
客間と思われるその和室には、旅館の部屋で見るような低い座卓と座椅子のセットが置かれていた。
「荷物はそのへん置いて」
座椅子の後ろの、邪魔にならないところに、リュックサックとギターケースを下ろす。出来るだけ小さくかためて置いたが、占領する面積の大きさに恐縮してしまう。
「座りなよ」と促されるまま、阿鳥はきちんと座椅子に正座をした。料亭の個室のように落ち着いた内装に、酷く落ち着かない心地がして、きょろきょろと視線をさまよわせてしまう。
「こないだどこまで話したっけね」
宮名木さんが向かいに腰を下ろした。阿鳥はさらに居住まいを正して答える。
「あのー、朱雀ちゃんが私に乗り移って会話したっていう内容は聞きました。その、前世が誰か、とかは言ってもらってなかったけど……」
「ああそう」
聞いておいて興味のなさそうな宮名木さんは、緑茶の粉末が入った湯のみに電気ポットのお湯を注ぐ。ここにはよく客人が来るのだろうか。そういった対応には慣れているようだった。
「君の前世はだいたい絞り込めてるんだよ」
「はやっ」
思わず身を乗り出したくなるほどのツッコミが出る。
お茶を出すその動作が、やけにゆっくりに感じられる。
「もっとも、朱雀の存在とその証言が真実であるという前提のもとに、だけど。蘇芳さんはこの辺の古墳っていくつぐらい知ってるの?」
「石舞台古墳とか……ぐらいなら」
ちゃんと行ったのは小学生のときだけれど。
「高松塚古墳と、キトラ古墳は?」
「ああ、はい名前ぐらいなら……あ、飛鳥美人でしたっけ、壁画の有名なやつ」
日本史の教科書にも載っていた。何年か前に修復が完了したときは、ローカルニュースでけっこう騒がれていたのも覚えている。
「それは高松塚古墳のほう。飛鳥に都が置かれた当時の衣服や髪型の様子がわかる、貴重な資料だ。キトラと高松塚、このふたつの古墳には、国内のほかの古墳には見られない変わった特徴がいくつかあってね」
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