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語り出す宮名木さんの目に、にわかに光が宿るのを、阿鳥は見た。それまで気だるげで淡々としていた口ぶりも、どことなく弾んで聞こえる。
「そのうちのひとつが、しじん。東西南北、四方の壁に、それぞれ一体ずつの動物が描かれているんだ」
「詩人……ですか?」
大学ノートの新しいページを開くと、宮名木さんはページの真ん中にシャーペンで『四神』と漢字を記した。さらに随分と上の方に、見慣れない生き物のイラストを描き出した。
「北の方角を護るのは玄武。亀の頭を持ち、尾の先には蛇の頭がある。これが輪をなし一対になっている。空想上の動物」
なるほど、描き位置は北を示していたのか。
「東に青龍と西に白虎、そして南に朱雀だ」
左右にさらさらと描き出される二体の動物たち。見たままに、龍と虎である。最後、朱雀が下方に描かれる。
走り書きにも関わらず、阿鳥が思わず、
「宮名木さん絵、上手っ」
と感嘆の声を漏らしてしまうほどの、精緻な描写だった。幼少の頃これと似たのを見た記憶、朧気だったその像が、阿鳥の脳内でくっきりと蘇る。
「博物館かなんかで見たような気がしてたんですけど、これのことだったのかなぁ。そういえば、四神クッキーって飛鳥駅で売ってたの見たことあるかも。……朱雀ちゃん、神だったのかぁ」
縁側の向こうに首を伸ばしてこっちを見ている朱雀と目が合った。ちょうど外が薄暗くなってきて、なんだか寂しげに見える。
「だから偉そうなんだろうな」
宮名木さんは、朱雀に対してやや当たりが強いように感じる。まるでその存在を、認めたくないかのようだ。けれど、
「俺は、その朱雀はキトラ古墳に描かれていたものだと思うんだ」
と前向きな推察も行う。
「そうなんですか? なんか違うんですか」
「うん。そもそも、高松塚古墳は後の時代に盗掘に遭って、南の壁に、穴を開けられてしまってた。その穴の位置にちょうど朱雀が描かれてるって言われてるんだよ。つまり、朱雀は破壊されて、跡形もない」
「もったいな……」
率直に思った。もうどうやっても見られないと思うと、無性に見たくなる心理が働くというか。宮名木さんも頷く。
「ほんとにね。卑しい盗人のおかげでどんな朱雀の絵が描かれていたのか、そもそも描かれていたのかすら、永遠に謎さ」
口惜しそうな台詞だが、その口ぶりには、好きなものを語る少年のように無邪気な興奮が滲み出ていた。
「いっぽうキトラの朱雀は完全な状態で見つかった。それこそそのまんま、そんな姿でね」
宮名木さんは、庭先の朱雀を忌まわしきモノかのように顎でしゃくった。それから阿鳥のほうに向き直り、少しだけ、声を落として言った。
「ここからは飛躍に飛躍を重ねた仮説だから、信じるか信じないかは君しだいだ」
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