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湯のみに口をつけ、どこか遠くへ思いを馳せかけていた阿鳥は、あやうく適温のお茶を気管に入れるところだった。
騒音の主は、庭の砂利を蹴っ飛ばしながらずかずかと座敷に上がり込んでくると、「もうちょっと静かに入って来いよ」と不満げに零す宮名木さんを無視して、阿鳥を見下ろした。
「誰?」
「あの、お邪魔して、ます……?」
なぜか疑問系になりながら、阿鳥はおずおずと見上げた。
一見特徴のない白いカッターシャツなのでわかりづらいが、胸元の校章が瑞校生であることを最低限主張している。非常に背の高い男子。
強めの目力に太眉、ガタイが良くいかにも体育会系の印象だが、茶髪が細いヘアバンドでオールバックにセットされており、チャラさ増し増しといったところか。全体的に地味で大人しめの生徒が多い一組では見ないタイプだ。
「弟さんですか?」
宮名木さんに向き直り、尋ねる。
それにしては似ていない。案の定、宮名木さんは首を横に振った。
「いいや。……生形くん。こちらは蘇芳阿鳥さん。君と同じ瑞山高校の一年生」
宮名木さんが、阿鳥のことを紹介してくれる。
「へぇ、クラスは?」
「一組、です」
聞かれるままに答えると、
「俺七組っす」
なぜかドヤ顔を見せてくる。そういえば七組はイケメンが多いという噂を聞いたことがあるけれど、自分もそのうちのひとりだと思っているのだろうか。
「先輩、怪奇現象で困ってるのってこの人のこと?」
「そうだ」
そのやりとりでようやく合点がいって、阿鳥はぽんと手を叩いた。
「ああ! 霊媒師の方ですね?」
たしかに、前世がわかったところで、あの霊との対話が可能とは限らないからな。霊能力者とかそういう感じの人も必要かもしれない。さすが宮名木さん、用意がいい。
しかし一気にそこまで納得したところで、男子生徒にすげなく「なんでやねん、ちゃうわ」と否定されてしまった。
宮名木さんの隣にどかりと腰を下ろして、ドヤ顔で名乗る。
「俺は古代の謎ありしところに現れる、人呼んでミステリーハンター、生形影史!」
「遺跡好きの変人だ」
と宮名木さんが付け加えた。
(それはあなたのことではないのでしょうか、と阿鳥は瞬時に思ってしまった。)
「助手って呼んで下さいよ先輩〜」
泣き声を出して、宮名木さんの肩を掴む生形。座っていてもその体格差は顕著で、黙って揺さぶられる宮名木さんは背骨からポッキリ折れそうだった。
そんな騒がしいやりとりを眺めながら、阿鳥は生形のある発言に気がつく。
「先輩……?」
すると宮名木さんは、他人事のように淡白な口調で答えた。
「あ、言ってなかったっけ、俺瑞山高校の卒業生だよ。卒業したのはもう三年前だけど」
「そうだったんですね!?」
その可能性を考えなかったのが不思議なぐらい、これは腑に落ちた。阿鳥のことは最初から、後輩の瑞校生として見てくれていたというわけだ。だからこうして、前世の謎も一緒に考えてくれようとしている。そう考えれば納得だ。
淡白そうに見えて、案外面倒見の良いところがあるのかもしれない。
となると、謎なのは生形のほうだ。
「いやー、先輩のほうから連絡くれるなんて珍しくて焦りましたよ」
本人は清々しい表情だけれど、その存在は大きくて暑苦しい。急に部屋が狭く感じる。
ていうかこの人、霊媒師じゃないんだったら、何のために呼ばれたのだろう。
しかも宮名木さんは、生形の乱入を何事もなかったかのように、「で、続きだけど」とまた語り出したのだ。
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