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一、南方を守護する朱い鳥
駅構内には学生ばかりが電車を待って並んでいる。ほどなく急行が到着すると、人の波はだらだらと動き出し、クーラーの過剰に効いた車内へと吸い込まれていく。
手近な真紅の座席シートに、ふたり並んで腰掛けると、一瞬にして汗が冷えた。
電車が速度を上げ始めた頃だった。おもむろに隣から、巾着形の可愛らしいラッピングが差し出される。
「あとりん、これ……」
控えめな視線に、阿鳥は身を乗り出さんとばかりに食いつく。誕生日はまだ先なのだけれど。
「えっ、なになに?」
「この前、休んでたときの分、ノート取ってもらったでしょ? 今回の試験範囲、すごく助かってるから……そのお礼」
鈴屋沙由紀はそう言うと、はにかんだように俯いた。艶やかな長い髪が横顔を隠す。なんのことだかはすぐに察しがついた。七月に入ってすぐの一週間、沙由紀は重めの風邪を引いて欠席していたのだった。普段から病欠日数の多いわけではない真面目な彼女には、大きな穴だろうと思い、阿鳥は少し気合いを入れてノートを取っていたのだ。全く大した労力ではない。沙由紀が喜んでくれる姿を見られればそれでお釣りが来る。
「気ぃつかわなくていいのにそんな。さーちゃんはマメだなぁ」
遠慮のことばを述べるのとは裏腹に、頬は緩んでしまう。ついでにラッピングの紐も既に緩めはじめている。
沙由紀からの贈り物ならいつでもなんでも、どんな理由でも、二十四時間大感謝祭だ。
透明なビニールに包まれて現れたのは、リボンの形をしたバレッタだった。
「可愛い……!」
上ずった声が漏れる。
袋のセロハンも丁寧に剥がし、掌に開けてみる。
それなりに存在感はあるけれど、大きすぎず小さすぎない、絶妙なサイズ感。
本体素材は厚手のちりめん生地。細かくざらざらとした手触りで、高級感がある。色は少しくすんだ菫色。奥ゆかしいとか古風などと言い表すのがぴったりだろう。
珍しい色合いだったが、そこに無類の品の良さを感じる。
沙由紀らしいチョイスだ。
「わーめちゃめちゃ凝ってる。ほんと可愛い」
「よかった……」
阿鳥の反応を見て、沙由紀はほっと息をつく。
リボンの結び目に小さな赤いビーズが嵌っている。そういうデザイン自体は珍しくないけれど、特筆すべきはその質感。この赤いのは石だろうか。適度な重量と密度を感じる。
とにかく色の組み合わせや素材に、量産品と一線を画すセンスが光った。
裏側を見ると、小さく銀色の文字で刺繍がされている。
「『Raindrop』?」
「うん、個人のハンドメイドのね、天然石とか、和柄のアクセサリーを作ってるお店なの。本店は奈良市にあるからなかなか行けないんだけど、気になってて。BASEに出品してたから……。ネットでごめん……」
とんでもない。
近所に大型の商業施設があるのにもかかわらずそこの雑貨屋で済ませないところに、むしろ並々ならぬこだわりを感じる。
だいたい、同じ県内とはいえこの辺の住民は奈良の市街地とは疎遠なのだ。阿鳥だって奈良公園と東大寺以外に行った記憶がない。沙由紀が気軽に店舗に足を伸ばせないのも無理なかろう。ましてや今、期末テスト前だし。
それでも彼女はこの一品を選び抜いてくれたのだと思うと。
「最高にありがとう」
心からの感謝感激が一緒に口をついて出た。
「この色の、なかなかなくて」
沙由紀はそっと腕を上げて見せる。抜けるように白く細い手首には、同じ菫色のリボンのついたヘアゴムが巻かれていた。中央のストーンだけが、阿鳥のと違って漆黒である。
「実はね、お揃いなんだ」
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