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「キトラ古墳の被葬者を特定については、今のところ進展しそうな発見がない。俺もいろいろ調べてはみるけど、時間がかかりそうな上、成果もそんなに期待できない。ってことで、蘇芳さんが自発的に思い出すことにかけるんだけど」
「そんなことできるかなぁ」
不安になってくる阿鳥に対し、
「候補者のゆかりの地を歩いて、その生涯を振り返る、みたいな地味な作業になるんじゃね? 深層の記憶を刺激する的な」
生形は平然と話に入ってくる。最初から聞いていたかのような図々しさである。
大学ノートを覗き込み、「先輩、これ上手いっすねぇ」と茶化しながらくっついてくるのを鬱陶しそうにはねのけながら、宮名木さんは生形にもお茶を入れてやっていた。なんやかんやと細やかに気を配ってしまうタチらしい。
「ああ。今のところそれぐらいしか方法を思いつかない。もしかしたら、朱雀のほうが先に何か思い出すかもしれないしな」
まだ阿鳥が戸惑っているうちに、なんでかふたりの間で話が進んでいる。
「なぁなぁ朱雀って、その鶏?」
生形が、目を輝かせて縁側の方を指差した。あれ? と阿鳥は首をかしげる。どうやら生形にも、その姿は見えていたようだ。バンドメンバーには見えなかったのに。見える人と見えない人がいるというのは奇妙だ。
「そうだけど……あの、ウガタくんは、宮名木さんの話に対して、疑いの気持ちとかないんですか?」
「ああ、先輩が言ってるから事実なんだろ」
即答。どうやら宮名木氏は後輩から絶大な信頼を置かれているようだった。
「でもまあ、証拠を見たいっちゃ、見たいよね」
生形の目が、いたずらっぽく光る。
「その鳥、蘇芳さんに乗り移れるんだよな。今やってみてくれよ」
「そんな簡単に言う?」
不躾な申し出に、阿鳥は思わず眉根を寄せた。というか、宮名木さんはそんなことまで彼に話したのか。少し驚きだ。
「だって自分の目でたしかめないと、インチキかもしれないし。先輩狙いの狂言とか詐欺とかだったらって思うと心配でさ」
「私が疑われてるの!?」
心外である。思わず、助けを求めるように朱雀を見るが、じっとして無反応だった。暗くなってしまったので、表情もわからない。ただ、ずっと庭先でお留守番しているためか、非常に退屈そうに見える。
困惑しているところへ、宮名木さんの助け舟。
「蘇芳さんだって、何度も乗り移られたらそんなにいい気分じゃないだろう。また必要なときに——」
「どうも——、キトラ古墳の朱雀でぇ——す」
ローテンションな自己紹介。その変化は瞬間的なもので、気づけば朱色の髪に黄色い目をした少女が、立ち上がってうーんと腰を伸ばす体操をしていた。
「はーぁ、まったく、黙っておれば好き勝手言いよって。これで満足か、小煩い人間よ」
お前もお前で騒がしいけどな、と真幌は内心毒づく。せっかく気を回したのに、結局、無駄になってしまった。何が面倒って、この間のやり取りを阿鳥が覚えていないことだ。
「お、おう」
しかしこれで生形は納得したらしい。目の前の少女の豹変ぶりに、面白いほど驚愕と興味を示した。目を剥き、ほんの一瞬だけ引いていたが、すぐに身を乗り出して、ついには立ち上がると、その髪や瞳を無遠慮に覗き込む。
「まじだ。うおぉ、すげぇ……!」
恐怖はないらしい。小学生のように目を輝かせ、語彙を消失している。気持ちはわからなくもないが、一応、身体は蘇芳阿鳥であることを忘れないでほしいものだ。
「結界から出られないお前の代わりに、コイツが阿鳥をキトラ古墳に連れて行くっていうわけだな?」
至近距離で凝視してくる彼には構わず、朱雀は真幌を睨んだ。
「ああ」
ごく淡々と、真幌は答えた。
「……大丈夫なのか?」
朱雀は、蔑むような流し目でちらりと生形を見遣る。しかし生形は自信たっぷりに、
「あ? ああ。俺はここから出られない先輩の、手となり足となる存在だからな。まかせとけ」
と返した。熱意は認める。が、「それにしてもこれがホンモノの憑依なのか〜」とジロジロ眺めまくるその様子は、もはや阿鳥の身体であるということを忘れて触り出しかねない勢いだ。……これは蘇芳阿鳥には黙っておこう、と真幌は心に誓う。
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