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それにしても忌々しい体調のせいで自由に動けないということが悔やまれる。できることなら自分の足で彼女を案内したいのだ。歴史的な発見。未だ謎多きキトラの真相に迫るチャンスかもしれない。そう考えるだけで、意識は半分遠く飛鳥の都に飛んでいるのに。
「少しなら外、出られるけど」
思わず控えめに発言する真幌だったが、
「いや、無理しないで下さい先輩。何かわかったら、報告しますから」
と後輩に諭されてしまった。真幌の体調に関して、生形はだいたいの事情を知っている。それに加えて彼はこう見えて遺跡に纏わる歴史全般……殊に奈良の古墳についてはマニアックな知識を持つ。任せておいて、不足はないだろう。
朱雀は、
「そうか、わかったよ」
肩をすくめると「私も何か、思い出せるように努力する」という、協力的な発言を残して、もとの身体に戻った。少女の身体はぷつんと糸が切れたようにその場に崩れた。代わりに、庭で死んだように倒れていた鳥の姿が、むくりと起き上がる。黄色い目でこちらを一瞥してから、そのまま暗くなった空へと飛び去っていった。
「思ったより良い奴っすね、鶏」
「どうだかな」
この世ならざるものは一様にして厄介な存在だと考えている真幌は、深いため息たともに、
「考古学に幻想生物は、必要ないんだけどな……」
と、虚しい呟きを残すのだった。
座卓に突っ伏した状態から阿鳥が顔を上げると、向かいの席から身を乗り出した生形の好奇の目に、至近距離で覗き込まれていた。
「近っ」
「信じるぜ!」
生形が食い気味に言った。なるほど、またしても、朱雀に乗り移られていたらしい。頭がぼんやりする。やはりそんなに気分の良いものではない。文字通り目に見えるかたちで生形の信用を得られたのは有り難いが。
「とりあえずキトラ古墳の案内は俺に任せとけ」
乗っ取られているあいだにまた話が進んで、要約するとどうやら阿鳥は古墳へ連れて行かれることになっているようだった。
「えーと、部活がない日だからー……」
生形は既にスマホを取り出し、スケジュールを確認し出している。こっちの都合はお構い無しか。マイペースだ。
「めっちゃ乗り気ですね……」
もはや阿鳥のほうがたじたじである。
「そりゃあもう、ミステリーハンターですから!」
つまりマイペースな遺跡好きの変人ということだ。まだ一時間も同席していないが、生形のことはだいたい掴めてきた。
「蘇芳さん、気分は?」
生形の横から、宮名木さんが尋ねてくれた。庭の主である彼だけは、唯一静寂的テンションを保ったままで、少しほっとする。
「大丈夫です」と、阿鳥はしっかりと頷いた。
「じゃあまずはキトラ古墳周辺地域。資料館「四神の館」からだ。ちょうど今壁画が公開中だから見に行ってみるといい」
生形のやる気スイッチにはこれでまた火がついたようだ。
「よっしゃあ、お前の前世、思い出させたる!」
がしっと阿鳥の手を握ってきた。
「幽霊が蘇芳さんを付け回してるんだよな? そいつを追い払うために、蘇芳さんは自分の前世を思い出そうとしてるんだろ? そういうの、なんか好きだよ、頑張ろうぜ!」
理解が早くて助かるが、脳筋……もとい体育会系のノリについていけない阿鳥。
「まぁ……うん、どうもありがとう」
引き気味に頷き返す。
「宮名木さんは、一緒に来てくれないんですか?」
と恐る恐る、素朴な疑問を呈す。そういえばさきほどの口ぶりからは、阿鳥と生形がふたりで古墳に行くようなニュアンスに受け取ったのだが。
すると、
「行けないから、こいつを召喚したんだよ」
言葉少なに宮名木さんは、そんな意味深なことを口にした。一瞬、その瞳が酷く濁って見えたような気がした。
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