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三、埋葬マイソウル
生形影史は重篤な勘違いをしている。
たしかに彼の見ている七五三野さんは小動物のごとくゆるふわで可愛らしく、純粋無垢もここに極まれりの天然記念物系女子高生であることに偽りはない。けれども彼女の真髄はそんなところにはない。見た目に騙されないで頂きたい。まずは本気のソウルとパッションを知ったうえで、七五三野琴という女に惚れてほしいのだ。
週一で割り当てられた部室での練習日。
阿鳥が部室に到着すると、既にそこには、愛用のベースを手に荒ぶるひとりの部員の姿があった。
『めのこ』こと、七五三野琴その人だ。
幼稚園の頃に、父親と一緒に見ていた某軽音楽部アニメの影響でうっかりエレキベースにハマり、以来ベース一筋独学で演奏歴十年という変態である。
幼女ボイスに柔らかすべすべマシュマロベビーフェイスは、もしかしたら幼稚園のときから時が止まっているのかもしれないとさえ思う。
しかしひとたび楽器を手にすれば、その人格はがらりと豹変する。
変態的なテクニックをもって綺麗に切りそろえたストレートボブヘアを揺らしてヘドバンし続ける鬼神と化す。
幻覚作用で、身長も二十センチ大きく見える。
「ふゃあ〜」
しばらくの没入演奏タイムが終了すると、空気の抜けたような鳴き声を出して、めのこが近くのパイプ椅子に沈み込んだ。
鬼神 状態でも、体力のなさには勝てないらしく、このようにこまめに休息をとることを必要とする。
「ひとり?」
「かっしー、委員会」
阿鳥の呼びかけに、めのこはエクトプラズムが半分抜け出たまま答える。むろん曇りのない幼女ボイスである。
ちょうど沙由紀も同じく委員会で遅れて来る。阿鳥はギターを準備しながら、ここぞとばかりに尋ねた。
「めのこさ、好きな子とかいるの」
しばしの沈黙。
「ふぇ?」
さきほどまでの荒々しさが嘘のように、見上げるめのこの瞳は澄み切っている。
「かっしー」
「うんそれは知ってる」
バカップルめ。
「ミオちゃん……かなぁ」
某アニメのキャラクターだ。軽音楽部でベースを担当している。
「気になってる人でもいいよ。実在の人物で。男で」
阿鳥が最後を強調すると、椅子の上の幼女は枯れた花のようにしおしおと萎み、
「めのこ、男の人と話すの、むり……」
消えいるような声とともに塞ぎ込んでしまった。
「そっか」
そう、彼女は筋金入りの男嫌いで有名なのである。生形の恋路も前途多難であることが予想された。しかも外堀を埋めたところで最後の最後にかっしーというラスボスを倒さなければいけないのだ。もう諦めたほうがいいと思う。生形にしてもたぶん、大きな人間がより小さな遺伝子を求めて本能的に惹かれているようなものだろうから、実状を知ったらあっさり手を引きそうな気がするし。
ただ阿鳥の個人的な心情としては、前世を探すという壮大で馬鹿げた計画に付き合ってもらう謝礼代わりに、なんとかしてあげたい気持ちもある。しかもこれを機にめのこが男性恐怖症を克服できたら、一石二鳥ではないか。
というわけで、とりあえず方策を練っているところなのだが。
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