三、埋葬マイソウル

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 突然、部室の引き戸が、勢いよく開かれた。 「オリジナルをやろう!」  樫崎夏恵の明瞭な声が響き渡って、 「おはようございます」  と、続いて鈴屋沙由紀が淑やかに入室してくる。阿鳥の金縛りがはらりと解け、我に返ったのは、それとほぼ同時だった。 「かっしー、さーちゃん、おつかれぇ」  すでに演奏を終えていためのこが、また半分魂を抜かれたようにパイプ椅子の上でしなしなになったまま片手を上げる。 「おお、めのこ、アタシがいない間もちゃんと練習してたのか、偉いぞ」  夏恵がすぐさま駆け寄ってめのこの頭をわしゃわしゃと撫でくり回す。しかしその重めの前髪の下で、めのこの両眼は恨みがましく阿鳥を見上げていた。 「あとりん、めのこの音ちゃんと聴いてた?」  阿鳥の意識が飛びかけていたのを、察していたのだ。 「……ん? う、うん、聴いてたよ、よかったよかった。めのこ、さすがだなぁ……あはは」  下手なごまかしは効かず、めのこは不満げにぷくーっとほおを膨らませた。 「あとりん、大丈夫? 顔色悪いよ」  沙由紀がそっと覗き込んでくる。澄んだ瞳が、心配そうに揺れた。 「うん、大丈夫。今日外暑かったからさ。それでじゃない?」  わざとらしく声が上ずっているのは自分でもわかった。 「ねぇねぇ、オリジナルって、かっしーが作詞したの?」  とめのこが夏恵に向き直る。夏恵はおう、と胸を張った。 「題して、『埋葬マイソウル』」 「……埋葬?」 「マイソウル……?」  困惑気味に沙由紀とめのこは夏恵を凝視する。夏恵はこの四人の中では常識人だが、たまにどこからともなく突飛な発想を持ってくる、ネオ常識人である。  ドラムのスティックをくるくると回し、手首の運動を行いながら、さらに夏恵は饒舌な解説を加える。 「いやほら、十代の迷える魂は、青春という泉の底へ、いずれ葬られてしまうもんだろ? そういう切なさとか、限りある時間の中での刹那的な煌めきみたいなものを表現したくてさ、さゆ曲つけてよ」 「そ、それは難問ね……」  聞きながら、阿鳥の目はまだあの影を探してしまっていた。  万が一怪奇現象が沙由紀たちにまで見え始めたら……幽霊を罵倒して強制退場させてやる。金縛りになんて、縛られている場合ではない。  しかし幽霊はすっかり消え去っていた。助かったようだ。  胸を撫で下ろすとともに、情けない気持ちにもなった。  いったい自分の前世は、何をやらかしてしまったのだろうか。
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