三、埋葬マイソウル

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「キトラ古墳の造作されたとされる七世紀末から八世紀初めのあいだに、書物に名前のある人物が五十人ほどいるということは、前に話したよね」 「はい」  阿鳥は居住まいを正して頷いた。歴史の授業は毎時間睡魔との戦いだが、宮名木さんの講義は他人事ではないため、真剣な面持ちで耳を傾ける。 「その中でこの規模の古墳を作ることができる身分の人物を、いろいろ文献漁って洗い出してみたんだ。そうすると、だいたい以下の十一名に絞れそう」  宮名木さんのノートに、彼らの名は既に書き出されていた。  高市皇子  弓削皇子  忍壁皇子  葛野王  新田部皇女  大江皇女  阿倍御主人  多治比嶋  大伴御行  紀麻呂  百済王禅広  特定にはほど遠いが、五十人からのスタートと思えば、だいぶ減ったものだ。 「すご」 「さらにこれまでの調査で、出土した骨から被葬者が四十から六十代で亡くなった男性だということがわかっている」 「男なの!?」 「むしろ女だと思ってたのか」  言われてみれば、前世が女性であるのが当然のように考えていたことのほうが不思議だ。先入観というやつだろうか。  ただし、またしても親しみやすさからはだいぶ遠ざかってしまった。 「つまりそれらの条件をあてはめると、候補者は残り六になるんだ」  宮名木さんは、十一人いた候補のうち、約半分に縦線を引いた。残る名前は、  高市皇子(たけちのみこ)  忍壁皇子(おさかべのみこ)  葛野王(かどのおおきみ)  阿倍御主人(あべのみうし)  大伴御行(おおとものみゆき)  紀麻呂(きのまろ)  の六つ。 「理解できた?」 「はい。……知らない名前の人ばかりでしたけど、わかりやすいです」  そもそも読めない名前ばかりである。  ときの権力者と言えども自分の乏しい日本史知識ではカバーできない知名度の人物たちだった。やはり、と思いつつ残念にも感じてしまう。 「だいぶ絞られたな」  と、生形は顎に手をやり、名前を睨む。 「うん」  阿鳥もノートに目をやったまま、厳かに頷いた。この六人の中に、来世まで引きずるような恨みを買ってしまった、自分の前世が……。 「――ってならないよっ」  思わずばんっ、と卓を叩いて打ち消してしまう。字面を見ても、もちろん何か思い出したりはしない。ただ、 「阿倍御主人(あべのみうし)なんじゃね? 阿鳥と名前似てるしさ」  という生形説には異議申し立てた。 「一文字被ってるだけじゃん。だいたいうちの両親が、私の前世を知ってて命名したとでも!?」 「そこはまあ、偶然の一致的な」  適当なことを抜かす生形に対して、宮名木さんは落ち着いて考察する。 「阿倍御主人は、持統天皇朝の右大臣で、身分的にはキトラ規模の古墳に適切なんじゃないかな。死没も七百三年で当てはまる。キトラ古墳のある場所って、現在の地名も阿部山っていうんだけどね。奈良時代の文献にはすでにそう呼ばれていた記述があったらしいから、相当古い地名だ。阿倍御主人が葬られたことにちなんで、周辺一帯が阿部山と名付けられた……なんていうのもあながち有り得ない話ではないよ。キトラ古墳の被葬者としては、最有力と言ってもいいぐらいだ」 「な、なるほど」  澱みない一気語りに、阿鳥は思わず聞き入ってしまった。 「宮名木さんが言うと、めっちゃ説得力ある。……生形くんにはない」 「俺は直感で言ったんだもん」  口を尖らせる生形。 「さて。前置きはこの辺にして、そろそろ出発するぞ」  宮名木さんが立ち上がる。  いよいよキトラ古墳へ。  阿鳥は一瞬の胸騒ぎに、ごくりと唾を飲んだ。  もう一度、ノートに記された人物の名前を見て、できる限り記憶しようとする。  ありえないと思いながらも、正直少しだけ怖くもあった。古墳を見た瞬間、突然記憶が復活して、自分が自分でなくなってしまったら……なんて。そんな映画、なかったっけか。
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