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いわゆる怪奇現象、というやつなのだろうか。
高校に入学して少し経った頃から、視界の端に黒い影が映り込み、じっと見つめられているような視線を感じるようになった。
それは決まって、阿鳥がひとりきりのときにだけ現れた。
沙由紀をはじめとする友人や家族に打ち明けたことはない。
話したところでメリットを感じないし、今のところ自身に危険が及んだことがないから、という論拠に基づいて、今のところ黙秘を貫いている。
改札口を出てすぐ、街路樹の枝に、朱色の鳥が留まっているのが目に入った。
明るい赤にオレンジが混じった両翼。尾羽は先端に行くにつれて金色に輝きながら枝垂れている。
駅前は閑散としている。阿鳥は一人ぽかんと口を開けて、その不思議な生き物を見上げていた。
幼い頃訪れた橿原の考古学博物館で、あれと似た写真を見たことがある。どこか近所の古い遺跡から発見された壁画に描かれていた……のだったか。名前は、なんだったっけか。でもいま目の前にいる実際の姿は、あの壁画よりも些かぽっちゃりしているかも。あれももう少し茶色ければ鶏で間違いないのだが。
なにせ記憶があやふやだ。
いっときはぴたりとあしをとめて驚いたけれど、怪奇現象もこうして頻発する世の中だし、何が起きても不思議ではない。
やがて阿鳥は、その生き物をぼーっと眺めつつも、ゆっくりと帰途につく。
受け入れてしまう自分が、少し怖い。
なんとなく、きょろきょろと忙しなく首を動かす鳥は、辺りの様子を伺っているようにも見えた。
阿鳥が今まで、心霊に遭遇することはあっても実害を被ったことはなかったのは、あの鳥がひそかに見張っていてくれたおかげなのかもしれない。
茜雲に向かって凛と首を伸ばす姿は、やや鶏っぽさもあるけれども、とても美しかった。
特になんということもなく、街路樹の真下も通り過ぎた。
信号と川を渡り、ひとけのまばらな住宅地の路地に入っていく。
これといった異常は見られない。
先程の黒い影の気配も去っている。
ひとまず胸を撫で下ろした。
しかし自宅近くの道を進んでいたときだ。
キィ、という鋭い一声が空にこだました。
嫌な予感はしたけれど、もしかしたら鳶かも、と思い気に留めず。しかしもう一度、今度は程近くで鳥の声がすると、
――ああ、やっぱり。
金色の長い尾が頭上を掠めるほどに低く滑空して。
「わっ」
頭を両手で覆って庇った。
沙由紀にもらったバレッタが外れでもしたらどうしてくれる。ムッとして、赤い翼を羽ばたかせる例の鳥のほうへと目を上げ、阿鳥は思わず肩をびくりとさせた。
数メートル先に、あれがいた。
纏う気配でわかった。いつもなるべく目に触れないようにしているから、正面からまともに見るのは初めてかもしれない。
かろうじて人の形をしているが、塗り潰されたような黒い影だ。髪は長いことがシルエットから判明したが、目や鼻や口はない。全身が真っ黒なのだ。
それに対して抱いたのは、恐怖というより嫌悪だった。
何故自分に執着するのだろうかという、疑念と憤りも含まれていた。
とはいえ、正体不明のこの世ならざる者に向かって、なんの対策も無しに突っ込んでいくほどの果敢さはない。
とりあえず、距離を保とうと踵を返し、背後を気にしながら、重い足をしだいに加速させる。
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