一、南方を守護する朱い鳥

6/10
前へ
/85ページ
次へ
(みず)校生?」  この辺の人間にとって、地元の県立高校である瑞山(みずやま)高等学校は馴染み深い。レトロな趣のあるグレーの襟のセーラー服に、明るい黄色のタイは、他に類を見ず特徴的だ。それで容易に特定されてしまったのだろう。 「あっ、はい」  と顔を上げた阿鳥が目にしたのは、 「そう」  と淡白につぶやく、青年の姿だった。ゆったりとした浅い水色の着物を纏い、縁側に足を崩して座している。歳は二十歳そこそこと言ったところか。こざっぱりとした黒髪短髪で、眼鏡をかけたいかにも知的な印象の男だ。ただその顔色は着物と同化しそうなくらいに蒼白く、目付きの悪い三白眼で、失礼ながら、やや不健康か、神経質そうな感じを受けた。   ――で、ここは何時代だったっけ?  阿鳥はその一瞬、タイムスリップしたような奇妙な感覚に襲われて瞬きした。黄昏時の日本庭園に和装の男と朱い珍獣。普通の女子高生な自分が世にもまともで平凡な存在であるという確信が、根底から揺らぐ。  そんな阿鳥をよそに、青年は無造作にくしゃりと髪を掻いた。そして続けて聞かれた。 「……そっちの鳥は?」 「見えてるんですか!? あれっ、見えてるんだ……」  単純にこの鳥の存在を他人と共有したことがなかったためか、阿鳥はなんとなくこの鳥が自分にしか見えていないのではないかと思い始めていたのだが。そうでもないらしい。などと考えていると男性は、 「朱雀かな……」  とぼそりと呟いた。阿鳥はそれを聞き逃さなかった。 「あ、それ……!」  思わずことばに力が篭もる。  地元の博物館で、壁画複製画の中に似たようなのを見た記憶はあったのだけれど、名前が思い出せなかったのだ。  でも今聞いて思い出した。朱雀。スズメみたいな字を書くんだ、たしか。  それにしてもこの人はどういう人なんだろう。世にも珍しい鳥と世にも珍しくはないけれど突然押しかけてきた女子高生を前に、超然的ともいえる落ち着き払った態度なのだが。  けれどそれを問う前に、 「君はいったい何者だ?」  眼鏡の奥では、目付きの悪い双眸が、さらに細められていた。それこそ今更とも言うべき正しい反応だろう。阿鳥は自分の立場を思い出し姿勢を正した。  怯まず、洗いざらい正直に話すしかない。おずおずと一歩前に出る。 「えっと……私、名前は蘇芳阿鳥で、瑞山高校一年一組で、軽音部です。あの鳥を追いかけて、間違えて……ここに不法侵入してしまいましたっ。ほんと、すみません……あの、自首したんで罪軽くしてもらっていいですかっ」 「斬新な自供だな」  再び頭を下げた阿鳥に向かって、男は呆れ混じりに返す。笑みはないが、口ぶりは穏やかである。 「定休日の札を出し忘れたんだろう。鍵もかけてないほうが悪いんだし、別に構わないさ。ただ」  眼鏡の奥でちらり、と男は朱雀に視線を向ける。 「君……えーと、蘇芳さんは、その鳥を飼っているの?」  鳥と言うことばに薄らと嫌悪が滲んでいるのを感じ取り、一瞬ことばに迷う。 「あ、いえ、えと……知人程度です」  知人というか、知鳥というか。言われてみれば、どういう関係なのだか定かでない。餌付けしてるわけでもないし。でもたぶん、さすがに認識はされていると思う。  青年は、ふいと顔を逸らした。 「そうか……すまないけどそれ以上近づかないように言ってくれ。少し、頭が痛い」  どうやら、青年が朱雀に抱いた心象は芳しくなかったらしい。 「あ……そ、そうなんですね……」  分かり合うのは難しいものだ。自分までが嫌われたかのようで、少なからず残念に思ったが、見ているだけで頭が痛くなるのもしかたない――のかもしれない。 「すみません」  おずおずと謝り、聞こえているかどうか確かめるように、朱雀のほうを見遣る。いつのまにか縁側近く――青年のそばまで歩み寄っていた朱雀は、少し首を傾けた姿勢できょとんとしている。とはいえ阿鳥にはどうしたらいいかわからなかった。先程も申し上げた通り、餌付けして管理しているわけではないし、口笛を吹けば飛んでくるようなものでもない。意思疎通を交わしたことはないのだ。
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加