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「謝ることはないよ。俺の都合だから」
真幌はやんわりと答えた。責めるつもりは毛頭ないが、この辺で彼女らにはお暇して頂こう。そういう流れに持って行こうとしていた。
しかし、これが相手の態度を一変させることとなる。
「そうか。ではここから喋らせて頂くとしよう」
庭に響いたその声は、彼女のものであって、そうではなかった。
見ると中庭の扉近くに、先程まで肩をすぼめていたはずの少女が、別人のように強い眼でこちらを睨め付け、堂々たる気風を纏って立っていた。
外見も異なる。髪はやや赤みの強いブラウンから、紛れもない燃えるような朱色へ、眼は菜の花を思わせる鮮やかな黄色へと、それぞれ変貌を遂げていた。
「蘇芳さん……ではありませんね」
真幌は慎重に話しかけた。
「いかにも、私は朱雀だ」
蘇芳阿鳥の身体に憑依した朱雀は、ゆっくりと頷いた。
その尊大な口ぶりには、面白がっているような含みがあった。同じ声帯から発せられる声でもわずかに低く、朗々としている。
「ああ……なるほど」
一見してそうだろうとは思った。あくまで淡々と流そうとすると、阿鳥の皮を借りた朱雀は、怪訝そうに目を細める。
「おまえ変わったやつだな。普通人格が交代したら驚くだろ」
これでも一応それなりに驚いているのだが、表情を変えるのが面倒くさかったというのが本音だ。それに、『憑き物』の存在自体、彼にとってそこまで驚愕すべきことではない。
「彼女に取り憑いているんですか」
棘のある口調はわざとだった。この手のモノがここへ入り込むのは好ましくない。
「人聞きの悪い。私はこの娘を護ってやっているのだよ」
朱雀は目を閉じ、得意げに、少女の小さな胸をぽんとおさえた。
こちらの要求通りあくまでその場から動かずに話す。物の怪の類だと思いきや、案外こちらの言うことに従順で、礼儀はわきまえているようだ。
真幌に向かって薄ら笑みを浮かべた。
「そういうおまえは相当憑かれやすい体質なのだろ。死相が出てるぞ」
礼儀は……わきまえているわけではなさそうだ。僅かに真幌は眉根を寄せた。けどまあ、こちらの質問も不躾だったし、言い返されたのだと思えばお互い様か。
朱雀は少女の頭でぐるりと庭を見渡す。
「それでここは、結界というわけか」
「ああ。変なものは入れないようにしていたんだけどな」
言葉遣いを崩し、ぶっきらぼうに、真幌は答えた。
憑かれやすい。オカルトじみた胡散臭い話だけれど、真幌は体質的に悪いものを寄せる。それで四方に盛り塩をし、結界を貼ったのだ。いわばおまじない。気休めの一種である。
「変なものじゃないわっ。それに、南の門は私の得意領域なんだぞっ」
朱雀はむきになって反論する。一瞬もとの少女の人格に戻ったかと思ったが、これが朱雀の素らしい。
たしかに、店舗から中庭への扉は南向きである。結界は、いとも簡単に破られたということか。
一度、真幌は軽いため息をつくと、
「で、何が目的だ」
人間の身体を乗っ取ってみせてまで、一向に帰る気のなさげな様子を見るに、何か用があるのだろう。乗り気はしないけれど一応聞いてやる。
すると、朱雀は仁王立ちしたまま答えた。
「この娘を助けてやってほしい」
「どのように?」
要領を得ない申し出に、重ねて問う。すると朱雀は、「落し物をしたから一緒に探して欲しい」のと同じぐらいの軽さでこう言った。
「霊に追われている」
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