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昔話
「こっちで座って待ってて。飲み物持ってくるから。」
「気にしなくて良いのに。」
「そういうわけにもいかないでしょ。仕事なんだし。」
そう言ってスタスタと背中を向けて奥に行ってしまった彼は、当たり前だけど身長も伸びて、声も低くなって、振る舞いもちゃんとした大人になっていた。
なんだか私の知らない人のように思えて、せっかく再会できたのに、会えていなかった時よりも遠い存在になってしまった気がした。
「お待たせ。どうぞ。」
「あ、ありがとう。」
「それにしても直は変わらないね。」
「えっ?」
「おでこのニキビとか。子どもの時もよくできてたでしょ。」
「すみませんね、大事な商談相手がニキビだらけの童顔女で。」
触れられたくないことに遠慮なくツッコミを入れてくるところは変わらないようだ。
こっちは必死だというのに…。
ふふっと笑いながら言う彼に無性に苛立ちを感じた。
「何でふてくされるんだよ。こっちは…。」
「いいから始めよう。」
最後まで彼の言葉を聞きたくなくて、つい遮ってしまった。
プレッシャーを感じた時にできるニキビは、幼い頃からのコンプレックスで、本当に触れてほしくない。
でも彼は、それを知ってか知らずか、幼い頃もこのことによく触れてきていた。
なんでまた…。
それから始まった打ち合わせの雰囲気はぎこちなかった。
でも、いざ話を進めると、彼の仕事への熱い気持ちがひしひしと伝わってくる。
気心が知れた仲とはいえ、生半可な気持ちは許されない。
彼との雰囲気とも相まってずんと気分が重くなった。
…またニキビが増えそう。
「今日はありがとうございました。また連絡します。」
「はい。今後ともよろしくお願いします。」
お互いわざとらしいくらいに恭しい挨拶を交わして、私は店を出た。
そして、そのまま自宅に直帰し、プロジェクトの成功のために案を練ろうと机に向かった。
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