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10年
私は石橋直。社会人1年目の22歳。
広告代理店に勤め始めて約半年になる。
そして今回、入社して初めて大きなプロジェクトのチームリーダーを任されることになった。
1年目で早くない?と思うかもしれないが、これが我が社では伝統なのだ。
本当に勘弁してほしい…。
そんな重い足をなんとか動かしてクライエントの元へと向かう。
「ここか…。」
着いた先は、高級スーツのブランド店。
ここが今回のプロジェクトを共に進める相手となる。
上品。シック。エレガント。
私とは縁のない、美しい響きの言葉がぴったりな店構えに足が竦む。
「よし。」
重厚そうな造りのドアに手をかけ、気合いを入れて一歩を踏み出す。
「いらっしゃいませ。」
私を出迎えてくれたのは、高身長で、とても爽やかな男性だった。
紺色のスーツを身に纏い、にこやかな笑顔が際立って見える。
いかにも成功者という彼の佇まいに、緊張感が余計に増す。
「あ、私、御社の海外進出プロジェクト用の広告デザインを担当させていただく…。あ、えっと、何でしょうか…。」
圧倒されつつ、私は頑張って自己紹介をしようと、名刺を出し口を開いた。
すると、全てを言い切る前にお店の人がずんずんと近づき、目が飛び出るのではないかと思うくらい大きく開いた目でじっと見つめてきた。
迫力に押され思わず後ずさりしそうになったが、失礼だと思い懸命に我慢した。
「直?」
「えっ?」
いきなり呼び捨て!?
上流階級の人間ってそういうものなの!?
まだ名刺を見せただけで名乗ってもいないのに…。
訳もわからず、頭がクラクラしてくる。
そんな私をよそに、彼はいきなりにかっと笑った。
いたずらを上手くできたと喜ぶ少年のようで、少し微笑ましいと思ってしまった自分は何なんだろうか。
「小学生の時よく一緒に帰ってた素だよ。真田素道。親戚の店を2年くらい前から継いでいるんだ。」
「え、えーっ!?」
「はははっ、そんなに驚かなくても。」
かと思えば、とんでもない爆弾が降ってきた。
素くんといえば、1番仲の良かった小学校の同級生だ。
家が近所だった私たちは気も合って、ずっと一緒に登下校して、よく遊んだりもしていた。
中学生になるのを機に私が引っ越して疎遠になっていたから、約10年ぶりの再会ということになる。
こんなに高級スーツが似合う男になっていたとは。
全然気づかなかった。
ギャップ萌えというやつだろうか。
なんだか気恥ずかしくなって、頬が紅潮していくのがわかった。
でも、初めての大きなプロジェクトの相手が彼だとわかると、少しだけほっとした。
最初より肩の力が抜けた私は、やっと店内へ進んでいった。
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