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星降る丘
皆さんは、星降る丘というのをご存じだろうか。
とある街の一角にある小さな山のその隅で、街の景色が見下ろせる小高い丘のことだ。
どうして星降るという名前なのかは想像に難くない。ただ周りに大きな建物や遮蔽物がないため、夜空を見上げると今にも星が落ちてきそうなほどはっきりと天体観測ができるといった由来があるそうだ。
しかし僕は子供のころに一度だけ、その丘で本当に星が落ちてきたのを見たことがある。
その星はおじさんだった。文面だけでみると訳が分からないとは思うが、これが一番簡潔にその状況を表した言葉だ。
小学生の頃に親友と喧嘩をした僕は門限が過ぎるギリギリの時間まで、星降る丘で一人で過ごしている事があった。親にも相談せずに喧嘩をしてしまった事を感づかれたくなくて、まるで毎日遅くまで友達と遊んでいる様に演じていたのだ。
その日も夕暮れを過ぎて辺りはすっかり宵闇に包まれ、僕はいそいそと帰り支度をしていた。
丁度ランドセルの中に最後の本をしまい終えた瞬間に、ふと視界の端にキラキラと目映い光が明滅している事に気が付く。顔を上げると幾つもの星が輝いている中で、一つだけ一際光り輝いている星を見つける。何となくじっと見つめていると、その星はゆっくりと僕が居る丘の上に結構な速度で落ちてきた。
隕石とまではいかないが、ペットボトルロケットくらいの速度はあったと思う。その光景に僕の頭は真っ白で、ただ口をあんぐりと開けてみていることしか出来なかった。
地面にめり込んだ光は徐々に目映さを失い、とうとうその中央からゆらりと不気味が影が現れた。それははじめはうずくまっていたが、辺りを確認するようにきょろきょろと視線をさ迷わせる。そして僕を見つけると驚いた様子で、小走りに駆け寄ってきた。
「あのさ、ここって星降る丘だよね」
駆け寄ってきたのはおじさんだった。半そでのTシャツと黒いズボンを履いていて、手には小さな黒い箱みたいなのを持っていた。
お母さんに知らない人とは話してはいけないと言われていたけど、それ以上に流れ星に乗って落ちてきたおじさんと話してみたくて小さな声で返事をする。
「うん。おじさん、今、流れ星に乗って来たの?」
「星?あー、そうだね。多分そうだと思う」
「じゃ、じゃあさ、願い事とかかなえてくれたりする?」
おじさんは少しだけ黙ってから僕の顔をまじまじと見つめる。
そして少しだけ困ったように眉毛をㇵの字に下げてから、人差し指を口元にあてて「みんなに秘密にできるなら」と小さな声で言った。
「僕」
「言わなくても分かる。学校の友達と喧嘩したんだろ?」
「なんで分かるの!?」
「流れ星には何でもお見通しなんだ…そうだな。きっとどうしたら友達と前みたいに仲良くできるかっていうのが君の悩み事なんだと思うけど」
おじさんはそわそわと持っている黒い箱を何度も見ている。
「勇気を出して一言を相手に伝えることができたら、その願いは叶うに違いない」
僕はおじさんの言葉にえ、と短く声を上げる。
願い事をこの場で解決してくれるものだと思っていたのに、おじさんは結局僕が自分で友達に謝るべきと言った。
「おじさん流れ星の妖精じゃないの」
「誰も妖精だなんて言ってないだろ」
「嘘つき」
「…あー。本当なら君みたいな可愛げのない子供にアドバイスするのは嫌だけど、特別大サービスで教えてあげるよ。この世は生きている限り理不尽な事も、自分の力ではどうしようもないことも、その時の運に身を委ねないといけない事も避けては生きれない。ただ、結局は自分が勇気を出して行動しないと乗り越えられることも乗り越えられないってことだ」
じっとりとその時の僕はおじさんを怪しんだ視線を向けた。
「僕の言葉を信じるか信じないかは君の自由だ。でもここで勇気を出せなきゃきっと君…は絶対に後悔するぞ」
その真剣な目がなんだか怖く感じて、僕は鞄をもって逃げ出すように丘の下り坂を走った。
はじめはあのおじさんが追いかけてくるかとヒヤヒヤしたが、途中で振り返ってもおじさんの姿は見えなくて、そのまま家までわき目も降らずに走って逃げたのを覚えている。
これが星がおじさんだったという不思議な言葉の全貌だ。
その日は家に帰ってから恐怖でベッドの中で泣いてしまったが、一晩明けた頃にはまるで夢でも見ていた様な感覚になった。そしておじさんの言ってた言葉を思い出して友達に謝ったら、実は友達も謝るきっかけを探していたらしくあっさりと仲直りしたんだ。しかしその後直ぐにその友達が両親の転勤で引っ越すことになって、もしあのおじさんの言葉がなかったら確かに僕は一生あの喧嘩を後悔することになっていただろうと思う。
今ではもうあのおじさんの顔も思い出せないが、久しぶりに星降る丘に来たせいで昔の記憶がよみがえった。
手に持っているスマホの画面で時間を確認する。もう少しで17時だ。
この星降る丘に来たのは実は3年付き合った彼女にプロポーズをしようと思ったからだ。星降る丘の話を彼女にしたらすごくロマンチックだと喜んでいたのを思い出して、今日ここで待ち合わせをしてみた。
緊張で手が震える。結婚してくださいとたった一言。たった一言を言うのにこんなに緊張するのは、あの時の友達に謝った時くらいだ。
懐かしい気持ちで何度もスマホで時間を確認していると、空にきらきらと星がきらめき始める。
ムードは完璧。あとは彼女がきたら…と思っていると、視界の端で一際明るい光がきらめいた。
「え」
一瞬視界が真っ白な光に包まれたと思ったら、僕は星降る丘で呆然と立ち尽くしていた。今の光は一体何だったのか、そう思っていると今の今まで自分以外は誰も居なかった丘の上に人影があった。
自分より遙かに小さなその姿は、どこかで見た事のある小学生くらいの男の子で。
全てを悟った僕はこの奇跡のような出来事に感動するよりも先に、小学生からしたら27歳がおじさんのくくりに入ることに悲しみを感じてしまった。
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