第13話 お前さあ、どうやって笑わせたんだ

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第13話 お前さあ、どうやって笑わせたんだ

△  午後の四時、校内に文化祭が終了の放送が鳴った。ここから後片付けが始まり、だいたい六時までにはみんな学校を出る。演劇や合唱などのクラスは帰るのが早いし、迷路やお化け屋敷などは撤去に時間が掛かる。ウチの場合は早くに売り切れ続出だったので、片付けも一時間くらいですぐに終わった。優花のクラスのように打ち上げもなく、ましてや学校全体で後夜祭みたいなことも無い。クラス代表の粕谷と担任の先生が簡単な挨拶をして、二日間に渡る我がクラスの学園祭は幕を閉じたのだ。 「おい俊、一緒に帰ろうか?」  粕谷が僕の背中を叩いた。ちょっと腹が減ったから、帰りに一緒にコンビニでも行こうと僕を誘う。 「いいけど、お前クラス代表の仕事終わったのか」 「あとは職員室に倉庫のカギを返すだけだから」  そう言って、粕谷は僕にカギを見せたあと教室の中をグルッと見回す。誰かを探しているようなその様子に、もしかして長谷川のことを探しているのかなと、僕はなんとなくそんな気配を感じる。  粕谷が職員室にカギを返すあいだ、下駄箱のところでヤツが帰って来るのを待った。校内にはまだ後片付けをしているクラスや文化部もあるようで、文化祭の余韻が残っている。巨大な段ボールのかたまりが折られてあったり、パネル展示に使われたパーティションが並べてあったり、そんな風景を見るとなんとなく祭りの後という感じでもの悲しくもなる。  「来年なにする?」とか言いながら、一年生の女の子たちがゴミを運んでいた。当然ながら僕たちには来年は無い。そういえば高校の学園祭もこれで終わりか、と改めて僕は一人で感慨にふけったのだった。  五分くらいで粕谷が戻ってきて、僕たちは校門を後にする。教室を出たときから思っていたけれど、粕谷はずっと僕に何か言いたそうな気配を漂わせていた。――そして。 「なあ俊……、お前さあ……」  住宅街を抜け、すこし人通りが多くなったところで僕が思っていたように本題に入る粕谷。 「お前さあ、どうやって氷姫を笑わせたんだ?」 「はあ?」  いったい何の話かと思った。これが粕谷の言いたかったことなのだろうか。それが長谷川のことだとはすぐに理解できたけれど、笑わせたという意味がわからない。僕が目を細めて粕谷を見ると、粕谷は少し視線を外してもう一度言い直す。 「だからさ、俊は長谷川さんをどうやって笑わせたのかって話」 「長谷川を、どうやってって……。もしかして粕谷、長谷川を笑わせようとしたのか? お昼の店番から」 「うん、一応。だってさ、昨日と今日を見てたら僕にも出来るんじゃないかと思ったんだ。だけどさ……」  だけど長谷川綾は笑わなかった。午後からの一時間半以上、僕が帰ってくるまでの間、針のむしろにいるようだったと粕谷は言った。とにかく雑談から始めても「うん」とか、「まあね」としか応じないし、おどけて話題を変えたら一層冷めた目で見られたという。それでもまだ客がいた時は良かった。本格的に駄菓子の前に誰もいなくなってからが辛かったんだと、粕谷が弱音を吐いた。  僕はこんな疲れた表情をする粕谷を見るのは久しぶりだった。滅多なことでは弱音を吐かない男だし、女の子と喋るのに苦労をするようなヤツじゃない。粕谷浩太という男は頭もいいし人当たりもいい。それに美男子には入る方だから女の子にモテないこともない。たぶんコイツが告白したら喜ぶ女子生徒は数多いはず。そんな粕谷が二時間足らずで撃沈されるとは、恐るべし長谷川綾。 「長谷川さんと俊を組ませたときはあんなこと言ったけどさあ、まさか自分もまともに喋れないとは思わなかったよ。なあ俊、お前どうやって彼女を笑わせたんだ?」 「どうやってって、聞かれてもなあ」  僕は昨日からの出来事を振り返る。確かに体育祭の最初は長谷川も僕も喋らなかった。喋るようになったのはクイズからだ。あれは妙にタイミングが長谷川と合った。それからは不思議と会話のテンポが良くなって、気がついたら普通に喋っていた。特に粕谷のように笑わせようとした訳じゃないし、長谷川に冷めた目で見られたら僕がそれをスルーしただけの話だ。  そんなことをかいつまんで粕谷に言うと、粕谷はため息をついて肩を落とす。 「タイミングとかテンポって言われても、それ以前の問題だったからなあ」  と、メガネを取って額のあたりをマッサージする粕谷。僕が教室に帰った時に見たお内裏様とお雛様の裏側に、そんな苦労があったなんて思いもしなかった。そこで僕はこの前から気になっていたことを粕谷に聞いてみることにする。 「なあ粕谷、お前さあ、なんで長谷川を誘ったり、俺と組ませようとしたり、一緒に店番しようとしたりしたわけ? クラス代表になったからか?」  僕の質問に粕谷が一瞬足を止める。数歩先に進んでしまった僕は、立ち止まって粕谷を待つ。 「うん、いろいろある」  再び僕に並んだ粕谷が小さな声で言った。 「長谷川さん、もっと高校生活楽しんだらいいのになあって思ったりさあ……。そりゃあ家庭のこともあるから楽しめっていうのも切ない話だけど、放っておけなくてさ」 「もしかして……、長谷川のこと、好きなのか?」  僕の問いに、粕谷はしばらく無言だった。もしかしたら怒らせたかなと思ったけれど、粕谷は数秒後にニヤッと僕の方を見た。 「そうかもな、自分でもよく分からないけど」 「長谷川……、美人だからな」  そんな会話をしたあと、僕と粕谷はコンビニではなくて、たまに立ち寄る安いラーメン屋で腹を満たして帰ったのだった。
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