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ベンタ
便利屋の太一、あだ名はベンタ。
頼まれればたいていのことは引き受ける男だ。
「おっと、人殺しは引き受けないぜ。人をだめにする違法薬物も扱わない」
ベンタは客が依頼内容を口にする前に必ずそう言って、分厚い胸を叩く。
だが彼は「気は優しくて力持ち」を体現しているような男だ。
うっかりでも違法行為の依頼を持ってくる奴はいないだろう。
ベンタの元へ難しい注文が入ったのは、半年前のことだった。
発注者は「パルコ博士」こと、道玄晴子博士。
官学共同プロジェクトで新時代の照明を開発している研究者だ。
彼女は消費熱量が小さく、発熱の少ない発光体の開発を目指していた。
「実験のために、オオホタルイカを何匹か捕まえて欲しいのです」
輝度が高く、発熱のない、イカの発光器官に目をつけたのだ。
ベンタを名指しで依頼したのは、イカ釣りが得意だと聞いたからだった。
「お易い御用だ。任せてくれ」
パルコ博士の依頼を受けたのは、彼女に一目惚れしちゃったからだ。
釣りが得意なのと、実験用に捕獲するのとは全然違う。
イカは水槽での飼育や、養殖漁業に向かない生物だ。
ベンタもふたつ返事で引き受けたものの、大変な苦労をすることになった。
水族館や生物学者の元を訪れ、研究を重ねて3か月を費やした。
最後の方は食費を切り詰めることまでしたのだが、その甲斐はあった。
「ベンタさん、イカ達の世話をしてもらえませんか?」
パルコ博士が泣きついてきた。
イカ達がすぐに死んでしまい、実験にならないのだ。
そんなわけで、ベンタはしばらく博士の研究室に出入りすることになった。
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