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サシミ
さらに月日は流れて、研究開始から1年が経ったころ、別れがあった。
ベンジのチーム以外でも、イカコンが機能することが判明したのだ。
「パルコ博士、古いイカはどうしましょう?」
「ベンタ、イカをさばいて刺身にしてくれよ」
研究員が口々に、俺はこのイカ、私はこの子、と騒ぎ立てる。
ベンタは面白くなかった。
「みんな、思ったより薄情者だよな。お前ら食われちまうぞ」
ベンジは水槽の中でしきりと発光しながら、暢気に泳いでいる。
「かわいそうだから、こっそり逃しちゃいましょうか」
声を掛けてきたのは、彼の女神、パルコ博士であった。
7月の初め、ベンタとパルコは車に乗って夜の海へ。
場所は富山湾、研究所の近くにある防波堤。
50リットルのクーラーボックスが3つ。
ひとりでは持てないので、ふたりで運んだ。
突然、海に投げ入れられたイカ達は驚き、でたらめに発光した。
「ベンジ、もう誰にも捕まるなよ。達者でな」
波間にゆらゆらと、光る触腕が揺れている。
ト・ト・ト・ツー・ト
オオホタルイカ達は明滅しながら、揃って北へ泳ぎ去った。
パルコ博士が星空に向かって、大きく伸びをした。
「いいことをした後は、気持ちいいよね」
「博士、優しいですね。俺、惚れ直しちゃいましたよ」
不器用なベンタにしては、精一杯の告白だった。
「やだ、誤解よベンタさん」
彼女の声は、囁きへと変わった。
「私、イカを食べると、じんましんが出ちゃうの」
幸いなことに、ベンジ達は声の届かないところへ去っていた。
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