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「ここまで着いてきても俺はお前に協力しないからな」
死神の加護といういらない恩恵を与えられた俺は、真昼間の中自宅に帰る途中、ストーカーのように距離を置いて追跡してくる死神の少女に振り返りもせず宣言した。
飛び降り自殺を謀った挙句、無傷で助かってしまったことを、誰も知ることはなかったとはいえ、当事者の自分としてはもうあそこにはいたくなかった。
一応優秀な生徒枠におさまっている俺が無断で早退するとは誰も思ってないし、ちょっとした騒ぎになるかも?
……なんて無意味な期待はしない。
きっと、誰も俺に興味なんてないから「あれ? 誰かいなくね?」「あーあいつ、誰だっけ?」くらいの会話材料にもならんくらいで済むから大丈夫なはず。
「ぜんぜん大丈夫じゃないだろ、それ」
唯一俺の自殺を目撃した、というより俺を生き延びらせた張本人が俺を睨む。
遠くからでもわかる眼光の鋭さ。額から汗を浮かべている。
五月とはいえ日差しはきつい。新緑に包まれた閑静な住宅街を歩いていても、じんわりと汗が服を湿らせる程度には充分な暑さだ。死神はだらだらと汗をかいているがあれは服装のせいだろう。
「……脱げばいいのに」
「なんだハラスメントか」
「違ぇよ! 尋常じゃないだろ汗 もっと薄手の涼しげな服にすればいいじゃねーか」
「女性の服装への過度なアドバイスもそれに該当するが」
あーもう勝手にしろ。こっちは心配して言ってるのに。
しばらく二人無言で歩く。ブーンとたまに通るオートバイをよける。この地域は一本道が多いため自動車人口が少ない。かわりに自転車やオートバイがよく走るので、いつのまにか車道側に自分が、内側にに死神を歩かせていた。ふいに死神少女が呟く。
「明るい色は苦手なんだ。自分はシロクロはっきりしたモノが好きでね」
「ふーん、そう」
なんだ。からかってただけか。
普段の喋り方が道化めいてるからわかりにくいんだよ。
「……着いた」
「ここが君のマイホームかい」
辿り着いたのはオンボロな二階建てのアパート。木造だし、もし二階の住人が大げさにシリモチついたら一階の天井を突き破ってしまうだろう。
ちなみに俺は二○三号室なので転倒には気をつけています。
「なあ。まだ諦めてくれないか」
「君ほど我が映画の主演にふさわしいヒト科もいないので。お邪魔しまーす」
「お邪魔するな! おいっ。俺より先に家に入るな!」
高校から住み始めたばっかの我が家は外の外観と競うくらい部屋の中も酷い惨状である。どこもかしこもモノだらけでごっちゃごちゃな室内。
勘違いしないでほしいが、物を片付けられないのは性分ではなく、あの事故を未だに受け止め切れていないためだ。
「旅行から帰ったらみんなで食べよう」
まだ目的の観光地に着く前なのに、クール便で先に家に届けてもらうと嬉々としておみやげを買いまくる母。
結局それが最後で目的地に着く前にあの事故で父と母は帰らぬ人となってしまった。
生き残った俺が退院して一人きりで我が家に帰って最初に見たのは、ちゃんと届けられた母のおみやげだったのがどんなに辛かったことか。
母のおみやげは、未だ開封せずに部屋に置いてある。異臭のするものは食べ物だろう。
そりゃ腐るさ。何年もそのままだから。
「かたづけるぞ」
「は?」
死神の少女はズカズカと部屋の奥へ進み、ついには母のおみやげの箱に手を伸ばす。
「なにしてんだテメエッ!!」
こいつは本当に血も涙もない!
いくら細かい事情を知らずとも、人のうちのモノを勝手に捨てようとするなんて!!
俺は少女から箱を切り離し、その勢いで床に転がり込んだ。
「ミシッていったぞ。大丈夫か?」
お気楽にアパートの心配をする死神。俺は俺で箱を抱え込み、中身が無事か確認する。
すごい異臭がする。きっとこれは食べ物だったのだろう。
涙が出てくる。溢れてとまらない雫をたらす俺を見て、死神は溜め息をつく。
「なんだ。せっかく期限が過ぎてもったいないから食べようと思ったのに。ケチ」
「……え」
「母親が君の誕生日のために買ったケーキだぞ。死神の私なら腹も壊さないし問題なかろうに?」
「たんじょうび……?」
『蒼ちゃん四月のお誕生日ケーキ、風邪をひいて食べ損ねちゃったでしょ? ならここでいーっぱいおみやげ買って、帰ったらもう一度誕生日をやり直しましょう!』
あのときの母の言葉。
忘れていた。
そうだ。そうしたら父が笑って言っていた。
『おいおい。旅行先の旅館でも蒼汰の誕生会仕切り直すって言ってたじゃないか!』
父さん、母さん……。
部屋にずっと置いてあったおみやげたちを見る。
随分変わり果ててしまったものもあるが、両親の優しさは時の経過で色褪せたりしなかった。
「……死神の加護でこれ食べても平気とかにならない?」
「無理だね。だからこれは私のひとりじめだ」
にんまりと、ホールケーキが入っている箱を抱える死神。
「悔しかったら、生き延びて来年のケーキを私の前でひとりじめして食ってみろ」
「……バーカ」
ズビっと鼻を啜らせ俺は言った。
「映画が完成するまで一緒に食べてもらうぞ、ビジネスパートナー!!」
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