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拓也に呼ばれ、すぐに家に駆けつけた庵は、
ソファーに座り込むエリと向かい合わせになって、片手をエリの眼前に翳し、エリの虚な目を覗き込む。
『ねぇさん、聞こえますか?』
パタパタと手を眼前で振って、
パチン、と庵が指を鳴らす。
『よし、大丈夫っすね。
……すみません、ねぇさん、このままじゃ、お腹の子供が心配なんです、わかってください』
庵はそういうと、
ゆっくりとエリの両眼を手で覆い隠した。
『ーー今から、お前に暗示をかける。
掛けた暗示は現実になる。
いいか、今からお前に暗示をかける。
俺が言った言葉は実在する』
『ーー……』
『まず、お前の身体から力が抜ける。
力が抜ける代わりに、
俺の言葉が入っていく。
いいか、実在する言葉だ』
拓也は、庵に暗示をかけられるエリを見つめながら、罪から逃れるように、瞳を閉じる。
『ーー…やめて』
抵抗力を奪われるエリの、そのか細い声を、
拓也は気づかないフリをした。
『天宮エリ、
お前は天宮拓也の妻である、
大恋愛の末に、妊娠し、』
暗示をかけられるエリの目から、涙が溢れる。
エリは強烈な頭痛を感じながら、
頭の中で存在しない映像が、
走馬灯のように流れるこれまでの人生の中に入り込んで行くのがわかった。
もう、ダメだ。
そう思った時、
目に浮かんだ、
三太の顔。
エリは自分を馬鹿にするように笑った。
流れた涙が、庵の膝に落ちる。
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