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中編
夏の気配が漂ってくると、どこからともなく持ち上がる怪談話。クラスメイトが昼休みにわいわいと盛り上がっているのを、聞くともなしに聞いていた。
「知ってる? テケテケさん」
「あれでしょ、手首だけで道路走るやつ」
「そうそう、指でテケテケテケーって」
「キモカワ」
「同じとこに首なしライダーも出るじゃん」
「競争したら、やっぱ首なしが速い?」
「当たり前でしょー!」
「あそこ、トンネル前には落ち武者も出るって。こないだ従兄弟が見たって言ってた!」
「それは初耳!」
どうやらあの山は、そんな魑魅魍魎の溜まり場でもあるらしい。
都市伝説には、原因というか、そもそもそれが出るようになった理由も付随するものだけど、私は詳しくない。ただまあ、どこかで聞いたような何かだから、きっと理由もどこにでもあるような何かなんだろう。
なかなか温かくならない背中にしがみついたまま、私たちは展望台に辿り着いた。
星が降るような夜。月並みな表現だけど、手を伸ばせば届きそうなくらいに力強く煌めく星々に、耳を澄ませばその星に住む生き物の声さえ聞こえてきそうな静けさ。
天の川の下で交わせば、どんなことばも仕草もロマンチックに自動変換されそうな気がする。
(もう七夕は過ぎちゃったし、今年も雨だったけどねぇ)
見上げると、ひときわ輝くアンタレス。そこから辿って夏の星座を確認してみる。
腰より少しだけ高い柵に手をついてひたすら空を見上げていると、背後からタカシに囲い込まれた。黒地に紫のラインが入ったフルフェイスのヘルメットが、少しだけ距離を置いて柵の支柱に掛けてある。掛けているというか、置いているというか。まるで支柱に頭があるみたいに見える。
それぞれの手にタカシのごつい手が重ねられて、二人羽織りでもしているみたいにぴったりと寄り添う。
なんだか居たたまれなくなって、私は下界を見下ろした。
夜の街って好きだ、と思う。高いところから見下ろすのが格別にいい。
もっと幼い頃に集めていたビー玉やおはじきを思い出す。
誰かの土産でもらったクッキーの空き缶が綺麗で、それに入れては大事にしまっていた。大事にし過ぎて今の在処を思い出せないので持っていないのと同じだ。
今私の瞳に映っている街の明かりは宝石のように綺麗だけれど、それを手にすることは出来ない。眺めていることしか出来ないならショーウインドウの向こうの貴石と変わらない。
自分のものじゃないけれど、見るだけなら自由。
自分のものなのに、在処がわからなくて見ることができない。思い出の中からしか、引っ張り出せないもの。
どっちも自分のものじゃないようで、自分のものでもあるようで。
そんなことにこだわる私は、いつになくセンチメンタルになっているんだと思う。
(珍しいなあ。タカシといたら、こんなこと考えつかないくらい楽しいのに)
他愛もない話で笑い合う。私の中の闇を薄めてくれる存在が、なんだかいつもより遠く感じる。
(背中にも手にも感触があるのに)
重ねられた手は、指と指を絡めるようにしっかりと手摺ごと握られていて。背中には、合成皮革の少ししっとりした柔らかめな感じと、私を支えるどっしりした胸板があるはず、なのに。
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