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前編
「展望台に行かね?」
タカシの提案に頷いて、私は自分のキャップ型ヘルメットを装着して、彼のリアに跨った。
自分の原付きは、このコンビニに置いておく。不良っぽいやつらの溜まり場になっているのがちょっぴり不安だけど、坂道をひたすら登るにはパワー不足だもの。
タカシの中型二輪には何度も乗せてもらっているし、ライディングに安定感があって好き。
いくつもカーブを抜けて、一緒に体を倒して、それがなんだか嬉しい。
(気のせいかな。なんだかいつもより風が冷たい)
顔にダイレクトに当たる風が強くて、タカシのツナギの上からぎゅうっと顔を押し付けた。
腰回りに贅肉の感じられない抱き心地。好き。
タカシとは、夜に出会った。夜にしか会わないのに、少しも湿ったところがない性格が大好きだ。野生みのある顔立ちも、きちんと鍛えられた筋肉によりしなやかに動く肉体も大好きだ。
この山は所謂走り屋のスポットになっていて、タカシは毎晩のように走りに来ているらしい。でも麓にあるコンビニはヤンキーとか家に居たくない学生の溜まり場にもなっていて、私には居心地が悪い。家に居たくないのは私も一緒だけど、飲みかけのお酒や食べさしの弁当なんかを放置してバカ騒ぎできるほど、恥知らずになれない。
親に反抗するのと、その他大勢にいきがってみせるのとは別物だと思ってるし。
ショッピングモールは遠いから、このコンビニでちょっとした買物をしては立ち読みして時間を潰す。そんなある週末に、私はタカシと出会った。
財布の中身は把握していたはずなのに、レジで開けてみればまさかの十円足らず。
「うそ……っ」
慌てて財布の中を指で引っ掻き回していると、横からスッと腕が伸びてきて、カウンターにコインを置いて一言。
「これ使って」
低い声が聞こえたと思ったら、その持ち主はするりと私の背後に引っ込んでしまった。
どうしようどうしようと焦るのと同じくらい、商品を棚に戻しに行くのも恥ずかしくて混乱して、そうこうしている間に店員さんが会計を済ませてしまっていた。きっと面倒くさかったんだろう。
差し出された袋とレシートを受け取って出入り口側に除けると、並んでいた彼は煙草の番号を告げて、ジーンズのポケットから出した小銭で会計を済ませた。
そのまま店を出ようとする彼を見て、ようやく我に返って。慌てて追いかけたっけ。
あの時はめっちゃ恥ずかしかった。
そんなだから、私とタカシの最初の会話は、謝罪とお礼から始まったんだよね。
タカシっていう音だけしか知らない。どんな漢字を当てるのかも、住所も、年齢も知らない。
高校生の私より五つは上だと思ってる。
私が学校でのあれこれを愚痴ったら親身になって聴いてくれて、親の文句言っても受け止めてくれて。それでもって、たまにギュッて抱き締めてくれる。
だから私は、背中からの感触も、前からの抱き心地も知ってる。
それと、少し乾いた唇の感触も。
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