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第5章:赤い聖剣『フォルティス』
村が燃えていた。あちこちの家から火の手があがっている。混乱の中を逃げ惑う人々に飛びかかり、喉笛を引き裂いているのは、狼型の魔物だった。その灰色の毛並みには見覚えがある。全てが変わったあの運命の日、村を襲った魔物と寸分違わない。
(……あれ?)
指先がちりちりする。勝手に膝が震えて、次の一歩を踏み出せない。
かつて刻まれた恐怖は、シズナの自覚無きうちに、心的外傷となって染みついていたのだ。
目は魔物を凝視して離せない。息は吸いっぱなしで吐き出す事を忘れ、頭がくらくらする。歪む視界の端を、冷たい瞳をした紫の髪の少年が横切った気がする。抱けなかった赤ん坊の泣き声まで聴こえてくる。
「――シズナ!」
底無しの闇に引きずり込まれそうだったシズナを急速に現実へ引き戻したのは、ミサクの声だった。普段激昂する事の無い彼の真剣な声色を聞いて、霞がかっていた意識の曇り硝子が砕け散る。
「気をしっかり持つんだ! 貴女は勇者だ、戦える!」
声の方を向けば、青い瞳が真剣にこちらを見据えている。こんな真摯な瞳でまっすぐに自分を見つめてくれた人は、今まではアルダしかいなかった。
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