第6章:夢惑の森に銃声は響かない

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第6章:夢惑の森に銃声は響かない

 世界は鈍色だった。  太陽の光差さぬ暗い広間の壁には、人二人が両腕を広げたくらいの間隔で、赤い光を放つ鉱石のような灯りが据えられている。魔律晶の一種、『燈火律』だ。  だが、そんな事はどうでもいい。黒い巨石から掘り出した玉座に座る男は、肘掛に頬杖をついてもたれかかり、深々と溜息をついた。この一年で伸びた紫の髪を高い位置で結い、同じ色の瞳は、ぼんやりと魔律晶の光を映している。  それが、今代の魔王アルゼストと人々に恐れられるようになったアルダの、今の姿であった。 「魔王様」  意識して艶を帯びた声が、薄暗い広間に響く。闇から滑り出すように現れたのは、黒髪に金色の瞳を持つ妙齢の女。かつてアルダの祖母ユホを装っていた彼女は今、なまめかしい身体をことさら強調し太腿がのぞく赤の服をまとって、わざとらしく尻を振り色気をまき散らす歩き方をしながら、アルダの傍へやってくると、たっぷりの紅をのせた唇を彼の耳元に寄せ、囁くように告げた。 「勇者エルストリオの娘が、貴方様を討つ為に、唯一王都を旅立ったそうですわ」  アルダは応えない。一瞬、ユホの方に視線だけを向けはしたが、すぐさま興味を失ったように逸らして、まぶたを閉じる。
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