第6章:夢惑の森に銃声は響かない

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第6章:夢惑の森に銃声は響かない

 ユホはしばらくの間、口づけを中断させられた唇を手でおさえ、金色の瞳を見開いて、屈辱に打ち震えていたようだった。だが。 「下がれ。一人にしろ」  魔王の言葉に彼の部下は逆らえない。ユホはぎりっと歯噛みしたものの、胸中にくすぶる炎を制したか、優雅に礼をすると、踵を返す。  靴音が遠ざかり、女の気配が闇に消えるのを視覚以外で感知したアルダは、深々と溜息をつき、頭を抱える。まるで魔王の名に相応しくない醜態だったが、威厳ある魔族の王に見えるかどうかなど、正直彼にとっては考えの外であった。  脳裏に描く。陽の光の下、流れるような金色の髪を輝かせ、碧の瞳を細めて笑う、少女の顔を。  彼女が産んだ子というのは、間違い無く自分の血を引いているだろう。我が子を抱く事すら許されなかったという彼女は、どんな思いで王都を発ったのか。  今すぐ会いにいきたい。自分より遙かに華奢な身体を抱きすくめて、慰めたい。  愛していた。いや、今も愛している。だが、それは自分には許されぬ感情だ。
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