第6章:夢惑の森に銃声は響かない

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第6章:夢惑の森に銃声は響かない

 彼はもう、これを捨ててしまっただろうか。シズナの事などどうでも良いと思っているだろうか。ならば自分ももう腹をくくって、勇者として彼と対峙する日を迎えねばならないだろうか。  すっと指輪を引き抜き、右手で握り込む。振り返れば、おあつらえ向きに川の流れが滔々とある。  愛情も、その証も、失くなってしまえば良い。右手を振りかぶって、しかし、その手は中途に止まり、のろのろと腕を下ろして、シズナはその場にしゃがみ込んだ。 『シズナ』  脳裏に蘇るのは、優しく自分を呼ぶ、少年ぽさを残す声。だが、その姿を思い出そうとすれば、まぶたの裏に浮かぶのは、炎の中冷たい光をたたえた紫の瞳。  どちらが本当の彼なのか。どちらを信じれば良いのか。迷いを捨てきれない己の不甲斐無さに苛まれ、シズナは歯を食いしばり呻きを洩らす。  だが、出て欲しいはずの涙は、この一年で涸れ切ってしまったのか、零れる事が無かった。
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