第6章:夢惑の森に銃声は響かない

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第6章:夢惑の森に銃声は響かない

 この深い霧が脳まで侵しているのか。悪い想像は入道雲のようにむくむくと膨れ上がって、気持ちを暗くしてゆく。またひとつ、溜息を零した時、ふっと視界を横切った影に、シズナははっとして顔を上げた。  この濃霧の中でも見間違える事の無い、紫の髪。心臓が高鳴る。まさかの思いが脳裏を巡る。こんな所に彼がいるはずが無いと理性はわかっていても、もしもの感情がそれを押しやる。  気づけばシズナは、はぐれた場から動かずにいるべきだとの心定めも忘れて、地面を蹴り駆け出していた。紫色を持つ影は、霧も、張り出した枝も邪魔にならないのかとばかりの速度で前をゆく。見失わないようについてゆくのが精一杯だ。  やがて木々が途切れ、霧も薄れて視界が開け、青に輝く泉が姿を現した。  辺りを見回しながら泉に近づく。求める姿は、泉のほとりにたたずんで、こちらを見つめていた。  記憶の底に押し込めかけていた顔が、そこにいる。紫の髪が、こんな森の中に無いはずの風に揺れ、紫水晶と同じ色の瞳が、泉の光を反射して、淡い青を帯びている。 「……アルダ」
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