第6章:夢惑の森に銃声は響かない

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第6章:夢惑の森に銃声は響かない

 名を呟けば、ぽろりと、封印されたはずのひとしずくが頬を伝い落ちる。会えたら目一杯の罵倒をぶつけてやろうと思っていた気持ちは、一瞬にして吹き飛んだ。  ああ、やっぱり。シズナは自覚する。 (私はこの人をまだ愛している)  だが、しかし。  アルダは応えなかった。無表情で、感情の乗らない瞳は何を考えているのかわからない。惹かれるように見やった左薬指に、銀の輝きは無い。 「アル、ダ?」  小首を傾げて一歩を踏み出そうとしたその時、何かががっちりと足をつかんでいて、シズナは思わずつんのめった。咄嗟に見下ろして、足首に緑の蔓が絡みついている事に気づく。それは、泉の中から這い出ていた。 「魔の領域を侵す者には、相応の罰を」  アルダがにやりと口の端を持ち上げて笑った。いや、これはアルダではない。彼はこんな邪悪とも言える笑みを見せた事は無い。  即座に『フォルティス』を抜き放とうとしたが、蔓に足を強く引かれて、シズナは小さく悲鳴をあげながら地面に倒れた。そのままずるずると泉に向けて引きずられてゆく。腕や髪にも蔓が伸びてくる。左手を封じられ、結った髪を引っ張られて、瞬間、息が詰まった。
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