第7章:きっと誰もが嘘を吐く

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第7章:きっと誰もが嘘を吐く

「エルヴェ!」  ミサクの叫びで、エルヴェが助けに入ってくれたのだと理解した時には、その逞しい身体が揺らぎ、床に崩れ落ちて、じんわりと血の海を広げてゆく。その先に、血濡れの短剣を握って立つ人物をみとめた時、シズナの驚愕は今日最大のものへと膨れ上がった。  アティア、だった。返り血を頬に浴びた顔は、いつもシズナに親切に接してくれた明るさなど微塵も無い。ただ、冷たい無表情の仮面をかぶっている。いや、今までのあの屈託無い笑顔が仮面だったのか。シズナの背中をぞっと恐怖が這い上がってくる。  アティアは、ミサクが腰の銃に手をやるのに気づくと、即座に踵を返して小屋の扉を開け放ち、外へと飛び出した。 「アティア、待って!」  シズナは椅子を蹴って立ち上がり、その後を追う。背後でミサクが「コキトはエルヴェを!」と指示を下して、ついてくる気配を感じながら、彼女は夕暮れ迫る山奥の道を駆けた。  アティアには、ほどなくして追いついた。断崖絶壁と夕陽を背にする彼女は、たった今人を刺したなどとは思えない、慈母のようにさえ見えた。その手に血に汚れた短剣を握っていなければ。 「どうして……」 「ごめんなさい、シズナ様」  ミサクが背後にやってくる気配を感じながらも、呆然と洩らすと、アティアはふっと口元をゆるめた。少し、諦め気味に。
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