第7章:きっと誰もが嘘を吐く

1/1
前へ
/238ページ
次へ

第7章:きっと誰もが嘘を吐く

 死が迫っているなどとは思わせない、しみじみと感慨深げな様子で、エルヴェはシズナの頬を撫でながら呟く。 「良い女に、育ったなあ。イーリエの、若い頃に、そっくり、だ」  途切れ途切れに、しっかりと、言葉は耳に届く。しかし。 「瞳の、色は、俺に似たのが、嬉しいな」  その台詞に、シズナの頭は思考を一瞬放棄した。  今、エルヴェは何と言ったのか。自分に似たと、言ったのか。それはもしかして、つまり。 「シズナ」  混乱するシズナに向けて、エルヴェは、果てしなく優しい笑みを向けた。 「父親らしい事、何も、出来なくて、悪かった、な。せめて、幸せ、に……」  その瞳から光が失われる。手が力を失って床に落ちる。コキトが脈を測って首を振り、ミサクが顔を伏せる。  死にゆく人間の言葉だ、嘘だとは思えない。だが、だとしたら、この人は。自分が父と呼んでいたエルシは。  混乱は脳の許容量を超えて、感情に影響を及ぼす。ぼろりと大きな一粒が零れ落ちれば、涙は止まらなかった。  口からは、ああ、ああ、と、言葉にならない声しか出ない。一時に訪れた幾つもの喪失に、頭は現実を受け止める事を拒絶する。
/238ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加