第8章:仮面の下に秘められた

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第8章:仮面の下に秘められた

 晩秋の星座がまたたく夜空、一本の広葉樹がささやかな風に揺れる下、彼が手を離して振り返り、向き合う形になる。黒の仮面をゆっくりと外す。その下から現れた紫水晶のごとき瞳を見た時、シズナの両目からとうとう熱い水分が溢れ出した。  記憶の底に押し込めていた、誰よりも愛しい人。 「顔を見せて」  柔らかい声が心地良く耳に滑り込んでくる。何度もうなずき、蝶の仮面を取り払う。 「泣いたら可愛い顔が台無しだよ」 「誰のせいだと思ってるの」  混ぜっ返せば彼が困ったように微笑う。笑顔を見せようとしても、感情の波は次から次へと目から零れ落ちて止まらない。シズナは泣き笑いで、左頬を伝うものを必死に拭えば、少しひんやりした手が反対の頬に触れて、流れる涙を拭いてくれる。その指に銀色の輝きがいまだある事をみとめれば、更なる熱涙が訪れる。  勇者と魔王の仮面を脱ぎ捨て、シズナとアルダは、一年ぶりに、素顔のままで向かい合った。 「会いたかった」 「私も」  至近距離で本音の吐息が混じり合う。このまま彼が温かく包み込んで、口づけを降らせてくれる事を期待する。  しかし、いつまで待っても、アルダはシズナの碧眼をじっと覗き込むままで、両の腕を伸ばしてはくれない。愛の行為に及んではくれない。
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