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1.
そう思った時にはもう、カイの身体は引っ張り上げられていた。腰から『く』の字に折れ曲がって、海の中の気泡がぐんぐんとかき混ぜられる。月の光が強くなる。代わりに、海の底へと広がる星は消えていった。
「っはあッ」
空気。深呼吸。
頭ひとつ高い位置にある桟橋へ腕をつける。咳き込む。
ほんの少し遅ければ溺れ死んでいたであろう朦朧とした意識でも、左手に持った網袋だけは、本能で離さなかった。
二本の足が見える。視線を上げる。膝、胴、肩、顔。
鬼の形相。あ、やっば。
「おぉまぁえぇええッ!」
リクが叫んだ。本当に修羅でも乗り移ったのではと疑いたくなるほどの力で、カイを軽々と引っ張り上げる。
桟橋に足がついて、カイはへたりこんだ。
自分の腰にぐるりと結ばれている麻の綱を見た。綱は蛇のよう伸びて、尻尾の部分はリクの手のなかで何重にも括り付けられていた。
カイと陸とを繋ぐ、命綱だった。
「おれはちゃんと、おまえの呼吸量限界の数分前に“くい”ってやったよな、“くい”って。合図送ったよな? 間違いないよな? え? おれの怠慢じゃあないよな?」
「うん」
「じゃ、あ、な、ん、で、上がってこないんだっ! ばかっ! ひやひやしたわっ!」
「星が綺麗だった」
「聞いてます? ねえ? カイさぁん、耳に海水が詰まってますかぁ?」
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