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雨の日が始まる
朝、ひんやりとした冷気を感じて目が覚めた。
今日は寒いな…。
私は小倉忠裕。今年で42歳になる。
両親は子に恵まれるのが遅く、結婚8年目にして第一子である私を産んでくれた。昔大工だった祖父が建てた平戸で、父が育ち、私も育ち。最近ではあまりみかけなくなったこの平家の一軒家は私はすごく気に入っている。そんな育ててくれた両親も一昨年、最後まで仲良く、両親は同じ年に他界した。
結婚するタイミングを逃し、ひとりで暮らすには広すぎる平家で、猫の小次郎と共に暮らしている。
雨の日は、木造のこの家のあちこちで軋む音を感じる。
「おはよう、小次郎。今日は雨だから少し冷えるね」
小次郎は中々賢い猫だと思う。
数年前から庭に住み着いた野良猫で、ある日窓を開けてたときに家の中に入り込んだことをきっかけにうちの子にした。その日も確か雨が降り始めた時だったと思う。
昨日炊いたご飯と残った味噌汁を朝食にして、新聞に軽く目を通す。この歳になり、最近少し老眼になってしまったようで、新聞の文字が読みにくい。もともと目も悪く眼鏡をかけているが、老眼用にも眼鏡を用意しないとな、とため息の出る思いである。
スーツを身に纏い、朝の通勤列車に乗り込む。
私は折り畳み傘派であるが、世の中長い傘を持ち歩く人が多いなと感じる。電車の中で傘についた雨に触れ、車内の篭った空気に、またため息がでてしまう。
「おはようございます、小倉部長」
そう声をかけてきたのは部下である松下。彼は今年で確か28歳になるだろうか。新入社員で入社してくれて、早6年目。当時、私の管理する部署が立て続けに退職や産休で人が減ってしまい、私が彼に直接OJT、所謂教育等を行なった。中々優秀で、今ではすっかり頼れる部下である。
「おはよう、松下くん。今日も元気ですか?」
彼の良いところはいつだって明るく元気なところだと言える。小さい子でも言えそうな長所だと思うかもしれないが、本当にその通りで、彼は実際入社してから一度も風邪をひかず、無休で勤続しているのだ。
それに気付いてからここ数年は、このやりとりをするのが癖になってしまっている。
「はい、元気です!今日も頑張りますよーっ!」
彼は笑顔で自分のデスクに座りパソコンに向き合い始めた。ちなみに彼の髪の毛は天然パーマらしく、雨の日はすこしいつもよりクルクルしている。髪の毛まで元気で踊っているように思えて、微笑ましくなった。
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