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物心ついた時から、ぼくは母さんと二人で暮らしていた。
ぼくは昔、父さんがうちにいない理由を母さんに聞いた。その時母さんは「宇宙にいるの」と言っていた。おじいちゃんもおばあちゃんも父さんは「宇宙にいる」と言っていた。それを聞いたぼくは、子供に言えないから適当な事を言って、ごまかしているのだと思った。
まさか宇宙人だったとは。
でも、どう見てもあの宇宙人はかぶり物だと分かる。だませても小学一年生ぐらいまでだろう。あの完成度では四年生になったぼくをだます事は出来ない。
なんせ、来月には10才になるのだ。母さんがハーフ成人式だと言っていた。大人への一歩だと。ケーキのロウソクだって10本になる。数字だって2つ並ぶ。なんだかすごく大人になった気分だ。
もっと不思議なのは、母さんだ。
母さんは半端な事は許さない厳しい母だ。母子家庭だからバカにされないように、と箸の持ち方や、テレビを見る時間、忘れ物、早寝早起きについて、いつも細かった。食べ物の好き嫌いも許さないし、お笑い番組やおふざけもあまり好きではない。ぼくの勉強にも厳しかった。
そんな母さんが、あっさりと父さんは宇宙人と紹介した。
どう見てもニセモノなのに。
すごくあやしい。
「トモ、手を洗ったのなら先に宿題をしなさい」
母さんはキッチンで料理を作っていた。コスモさんはソファに背筋をぴんと伸ばして、座っている。なんか不気味だ。
ぼくはランドセルから、宿題を出した。テーブルに漢字ドリルと計算プリントを並べる。
「宿題見ようか?」コスモさんが隣に座った。
「いや、えっと…」
「コスモさんに見てもらいなさい」
母さんの言う事はほぼ絶対だ。仕方なく頷いて、ドリルのページを開く。
「トモ君は、もうこんな漢字を書けるんだなぁ」
「う、うん」
よく分からない宇宙人とは気軽に話せない。それにぼくは少しばかり臆病だから、母さんにもコスモさんがいつまでいるのか、ふざけているのか、本気なのか、なども聞けない。
びくびくしながら、ドリルをしていると、逆三角形の黒メッシュの目がプリントをじーっと見た。中の人はプリントが読みにくそうだった。
「それ、脱いだ方が見えるんじゃない?」
あまりにもプリントに近づくので、思わずそう言ってしまった。
「何言ってんの!」
声をあげたのはコスモさんではなく、母さんだった。
「コスモさんの顔は本物なのよ。脱げるわけないじゃない」
うそだ。絶対うそだ。ぼくは信じていない。
子供だましが通用すると母さんは思っているようだった。
でも、母さんの言う事は悲しいことに絶対だ。
「トモ君、私はこの姿で君の父さんになりたいんだよ」
「そ、そうなんだ」
「これからよろしく」
挨拶の時も思ったけれど、コスモさんはゆっくり喋るし、なんだか落ち着く声をしている。
「うん、コスモさん、よろしく」
「トモ君、これから仲良くしよう」
母さんの絶対的な空気と、コスモさんに少しだけ親しみを感じ、ぼくはこの状況を仕方なく受け入れた。
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