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「やまない雨はないっていうけどさ、それ言うやつって空気読めないと思わない? こっちは、今まさに雨が降ってることについて文句を言っているわけであってさ。そんな未来のこととかどうでもいいの。現実の苦難をどうにかしてってくれって話で。そんな世界にはご飯を食べられない子がいるみたいな話されても。世界の子供達がご飯いっぱい食べられることと、私の悩みには因果関係なくない? 大体そういう奴ってドヤってるしさ、うざいわー」
よく喋るな。
窓際でミカがぶーぶー言っている。今日は朝から大雨だ。
「まあ、止んでほしいよね」
ミカの相棒のヤっくんが同じように外を見ながら頷く。
「今夜の野球の試合楽しみにしてるんだけど、この雨じゃねぇ……」
「理由浅っ!」
「ミカは? なんでぶーたれてるの?」
「こんなに雨が降ってたら、私の愛しい機体が汚れちゃうじゃない」
「汚れかー。ミカ、この前洗ったばっかりだもんね」
お前もまあまあ浅い理由じゃないかよ。
暇だと人間、ろくな話をしないよな。
まあ、俺たちが暇なのはいいことだ。地球外生命体から地球を守る部隊は、暇な方が良いに決まっている。
「あ、みんないたー」
俺の相棒のリルハが部屋に入ってくる。
「これ、作ったからよかったらどうぞ」
持っていたのはゼリー。
「え、かわいー!」
覗き込んだミカがはしゃいだ声をあげる。ちらりと見ると、二層になったゼリーで、中に星の形の何かが入っていた。
「七夕だから」
「あ、今日そうかー。いただきまーす」
情緒もへったくれもなく、ミカがスプーンを手にする。目で味わうとかしないよな、お前。俺に言われたくないだろうけど。
「ヒロトは」
「いら……」
「食べないよね?」
「……ああ」
「だって、ミカどうぞ」
断ろうとしたら先に言われてしまった。ややキレ気味に言われると後味が悪い。毎回毎回断っといてその言い草もないが。
「やったー、ありがとー」
三口でゼリーを食べ終わった情緒のない女は、二個目に手を伸ばす。
「星は、桃?」
「そう。あと、りんご」
「なるほど。可愛いね。しかし、七夕かー、晴れてほしいね」
ヤっくんの言葉にリルハが深く頷く。
「年に一度、織姫と彦星が会える日だしね」
俺の相棒は妙にロマンチックなことを言う。
いや、しかし、
「空の上は晴れてるんだから、問題ないだろ」
口を挟むと、全員から白けた視線を浴びるはめになった。
「あんた、空気読めないわねー」
「ヒロトは止まない雨はないって言っちゃうタイプだね」
「そういう話、してないんだけど」
よってたかってうるさいな。
「まあ、晴れてた方が、いいよな」
「それ、雨の日の出撃は大変だから、とかそういう話でしょ? 情緒がない」
心を読まれてしまった。でも、
「情緒じゃ平和は守れないだろ」
「まあねー。雨の日は滑るしね。地盤緩んでるから、二次被害もでやすいし」
「それはそうだね」
四人で外を見る。
できれば、今日はこのまま平和に過ぎてくれればいいけれど。
と、思った矢先のサイレン。
ミカが残ったゼリーを口のなかに流し込む。
順番的には、ミカとヤっくんのコンビの出撃の番だ。
「行ってきます」
「ごちそうさま!」
二人がばたばたと出て行く。
しばらくしてから、機体が雨の中飛び出していくのが見える。
「無事に帰ってきますように」
リルハが祈るようにつぶやく。
二人も無事に。そして、地域住民にも被害なく済んでほしい。いや、そうでなければいけない。
「リルハ」
「ん?」
「短冊でも、作っとくか。七夕なら」
リルハはきょとんとした顔をしてから、少し笑った。
「珍しい、ヒロトがそんなこと言うなんて」
「たまには」
「笹、ないよ?」
「そこのパキラでいいだろ」
「ダメでしょ。ってか、パキラじゃないし。幸福の木だし」
「だったら、よりぴったりじゃないか」
「適当だなぁ」
笑いながらリルハは空いたカップを重ね、
「ま、いいや。私これ片付けてくるから、コピー用紙でも切っておいて」
「ああ」
世界平和を願う。なにはなくとも。
ああ、それとこれはバレたら困るからここには書けないけれども、壊れている俺の味覚も治ればいい。
「きれいだったな、あのゼリー」
毎回俺の分も作ってくれる相棒の、手料理を食べたい気持ちはあるのだ。まあ、それは多くを望みすぎだ。そもそも、世界平和だって逢い引きに勤しんでいるカップルに頼むことではないだろう。
神頼みなんてバカバカしいが、やらないよりマシというものだ。これ以上、誰一人傷つけたくない。そのために、この仕事をしているのだから。
雨音が少し弱まってきた。夕方には止むかもしれない。
コピー用紙を細長く切って作った短冊に、思いを託した。
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