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第四舞 ヒルシュビーゲル公爵家 I
「……着いたぞ。」
マティアスがぶっきらぼうに言った。その言葉とほぼ同時にリラが馬車を降りた。
「大きなお屋敷ですね……。」
リラが感銘を受けたかの様に屋敷を見上げて、呟いた。それ程にまで、ヒルシュビーゲル家の屋敷はかなり大きかった。屋敷というより、城と言った方が良いくらいに。ただ、ミュンヒハウゼン家だって負けず劣らずの屋敷なのだが、見慣れているリラにはそれが小さく見えた。
それだけでは無い。この世界では白を基調としたものが多いと言うのに、この屋敷は茶色を基調としている珍しいものだ。しかも何故か、円柱の青い屋根の白の塔が沢山ある。リラの目にはさぞかし奇妙なものに映ったことだろう。
「そうか?うちほどではないと思うが……?」
マティアスが首を傾げ、腕を組みながら、困惑気味に言った。その姿に不機嫌さは無い。
(良かった!お父様の機嫌が良くなってる!!)
だが、ひょっこり現れたアルフレートが余計なことを言う。
「いえ、負けず劣らずって感じですね。」
「……なんだと?」
重低音のような低い声で、マティアスが言った。
アルフレートが馬鹿正直に答えたせいで、また、マティアスの機嫌が悪くなったのだ。
思わずリラは項垂れてしまう。
(お兄様ぁ〜、頼むから余計なこと言わないでください……。)
マティアスが不機嫌なまま、ヒルシュビーゲル公爵家の玄関に着いた。
上級貴族の家は、門から玄関までが信じられないくらい遠い。リラはあまり外に出れない上、他の貴族の屋敷など行ったことない。そのため、リラはこれが普通だと思っている。二大公爵家と他の貴族が一緒なわけがないのだが、リラは知る由もない。
マティアスが玄関のドアの青銅器の様なベル?を鳴らすと、中から執事が出てきた。
「こんな夜更に一体だ……ヒルシュビーゲル公爵家の皆様ではありませんか。すぐに旦那様をお呼びして参ります。」
執事は僅かに動揺した素振りを見せたが、すぐに元に戻り、実に丁寧な仕草で彼らを迎え入れた。
椅子に座らせ、立ち去ろうとしたところをマティアスが引き止める。
「ついでに、ベッドを用意して欲しい。メイドが気絶してしまってな。」
「承知しました。」
しばらくすると、ヒルシュビーゲル公爵が出てきた。
長い髪をオールバッグにした、チョコレートブラウンの髪。
宝石と言うより、水晶の様な透明感があるピーコックグリーンの瞳。
痩せてもいないし、太ってもいないちょうどいい体型。
子供が見ただけですっ飛んでいきそうな厳つい顔付き。今のリラ、三人分くらいの長身。
見るからに人が寄り付かなそうな容姿だが、雰囲気が明るいため、あまり怖い印象は見受けられない。
「……随分遅かったな?何かあったんなら来なくても良かったんだぞ?」
ヒルシュビーゲル公爵は、ヒルシュビーゲル公爵は後ろを向いて、不思議そうに言った。貴族にしてはかなり気さくだ。
貴族は身内以外には、いや、身内でも微笑むだけで相手に表情を見せないと言うのが当たり前だ。その点からして、二代公爵家は相当仲がいいことが伺える。普通なら、対立派閥として、犬猿の仲の筈なのだが……。何とも不思議なことだ。
「……帰ろうと思ったんだが、いろいろあったんだ。」
「そうか……。まっ、ゆっくりしていってくれ。」
不機嫌そう、いや、不機嫌な声で答えるマティアス。それを聞いて何か察したのか、ヒルシュビーゲル公爵はそれ以上言及せず、肩を竦めた。
ヒルシュビーゲル公爵が前を向こうとすると、リラが言った。
「ちょっと待ってくださいっ!」
「んっ?」
「私のメイドをどうにかしてくれませんか?その……気絶してしまって……。」
リラは、あろうことか貴族の挨拶もすっ飛ばして、要件だけ言ってしまった。何とか表情は隠せたものの、背中に大量の冷や汗が流れる。
(まずいっ!!第一印象が大事ってお母様に教えてもらったばかりなのに……!)
「あぁ、そう言えば執事が言ってたな。分かった。すぐ準備するからね。」
特にリラの言動に怒った様子もなく、にこやかにヒルシュビーゲル公爵が言った。
(……よ、良かったぁ……。)
リラがホッと胸を撫で下ろす。
ーだが、本当に安心しても良いのだろうか?
_____________
カリナを客室のベッドで寝かせたあと、三人はヒルシュビーゲル公爵に応接室に案内された。
リラはドアの向こうを見た瞬間、目を輝かせる。
(わっ!凄いっ!!某魔術魔法学校の校長先生の部屋みたい!)
ヒルシュビーゲル公爵の応接室は、広いだけでは無い。扉以外の壁は本棚となっており、今にも溢れそうなくらい本が入れてあった。それはもうビッシリと。
リラは食い入るように見た。ミュンヒハウゼン公爵家には本は殆ど無かった為、珍しくて堪らないのだ。
そんなリラに向かって、ヒルシュビーゲル公爵が目を細めた後、言った。
「自己紹介がまだだったね。私は、ヒルシュビーゲル公爵家当主、インゴルフ・ラ・ヒルシュビーゲルだ。リゼフィーネ嬢、これからよろしく頼む。」
厳つい目つきとは裏腹に、穏やかな雰囲気でリラに話す。リラはそんなヒルシュビーゲル公爵に意外そうな顔をしつつ、笑顔で言葉を返す。
「先ほどのご無礼失礼しました、ヒルシュビーゲル公爵。わたくしは、ミュンヒハウゼン公爵家嫡女、リゼフィーネ・ラ・ミュンヒハウゼンですわ。以後、お見知り置きを。」
リラは伏せ目がちになって、ドレスの裾を持った。その姿はまさに、公爵令嬢だった。いつもこんな感じならどれだけ良いだろうか。
彼女がまだ幼いのもあり、挨拶は簡素なものだけで済ませた。
全員を席に座らせると、すぐにインゴルフが口を開いた。
「早速、本題に入るが……ここに来るまでに一体何があったんだ?」
「エンデアの森で魔獣に襲われた。」
「エンデアの森だと?あそこは滅多に魔獣なんか出ないぞ?」
マティアスの言葉に顔を顰(しか)めるインゴルフを見て、微妙に顔が引きつるリラ。本人は無自覚だが、インゴルフがそんな顔をすると、かなり怖いのだ。
「……インゴ、騎士団から何も聞いていなかったのか?」
「何をだ?」
「魔獣の異常発生のことだ。」
「確かに魔獣が増えてきているから、不要な外出は避ける様にとは言われたが……エンデアの森にまでいたのか?」
「あぁ、そうだ。現に、私とアルフレートはアミリマの大群に遭遇した。」
アミリマとは、魔獣の中では中型の、ウサギの様な魔獣であり、主に雷撃の特性を持つ。
アミリマは一頭のみなら雷撃と言うより、静電気と言った方が正しい。農民でも鎌で簡単に倒せる。
だが、大群でアミリマが襲ってくると、一頭のときでは考えられない程、威力の強い雷撃が襲ってくる。恐らく、百万ボルトくらいあるのではないだろうか。その上、一頭一頭倒していても、どう言う訳かすぐに仲間がやってくる為、キリがないのだ。
「アミリマの大群だと?そりゃ、苦労しただろうな?」
「ふん、私の腕をなめるなよ?たかが、アミリマで……
「でも、父上。リラを助けに行くのに、かなり時間かかりましたよね?」
「………」
息子に余計なことを言われ、黒焦げのハンバーグを食べた様な顔になるマティアス。
そんなマティアスを見て、インゴルフは愉快だと言わんばかりに笑う。
「あっはっは!!そうか、そうかやっぱりな。」
「アルフレートっっ!!」
インゴルフの笑い声で、我に返ったマティアスはアルフレートに怒声を浴びせる。だが、アルフレートは怒られても気にするそぶりさえ見せない。再び怒るマティアスを何故か煽り、二人はギャイギャイ言い争う。
(……お兄様って、こんな人だったかな……?)
不思議そうな顔をし、若干、自分の兄に対して好感度を下げながらリラは思った。リラがそんなことを考えていると、インゴルフが二人そっちのけで、話しかけてきた。
「リゼフィーネ嬢。」
「はいっ?」
リラがいつもより、声を高くして答えた。リラが声のする方向を見ると、いつの間にか、リラの正面に座っていたインゴルフがリラの隣にいた。
(……えっ??)
リラは目を見張りつつも、咳払いをして、すぐに気を取り直す。
「……失敬。ヒルシュビーゲル公爵、何でしょうか?」
「一つ聞きたいのだが、ティアがアミリマに襲われているとき、リゼフィーネ嬢は何をしていたんだ?」
「ヒルシュビーゲル公爵、実は……
ーリラは、一連の出来事をヒルシュビーゲル公爵に全て話した。
インゴルフは最後まで聞き終わると、何故か、頭を抱えていた。
(……ん?どうしたんだろ……うっ……!)
周囲を見たリラはハッとした。
いつの間にか、マティアスとアルフレートがニコニコしながら聞いていたからだ。
もちろん、二人の顔はただ笑顔なだけではない。
マティアスは、今にも血管が浮き出そうなくらい、怒りのオーラが出ている。
アルフレートはアルフレートで、目が怖い。視線がまるで、獲物を見つけた蛇のようだ。
(……わ、私、なんかマズいこと言った??)
今の状況説明で怒られるところが分からないリラは、次に来るであろう雷に覚悟した。
「「なんで、ただが使用人を守るために、命を投げ出すような真似したんだっっ!!」」
「えっ……。」
二人の言葉にリラは絶句する。怒られることは覚悟していたが、そんなことだとは思わなかったのだ。だか、二人の言うことに無理はない。
カリナはリラの専属メイドつまり、貴族令嬢の専属メイドとしては大変珍しい平民である。
別にミュンヒハウゼン公爵家に、平民でないといけないほど予算がない訳では無い。カリナはその実力を見込まれて、リラの専属メイドになったのだ。それほどの実力があるからなのだが、所詮、平民と貴族。その差は言うまでもない。
(……分かってる、分かってる……けど……。)
二人に叱られ、悲痛な顔をしたまま俯き、黙ってしまったリラを見て、三人は慌てる。その姿を見て、今更ながらにリラが五歳児であることを思い出したからだ。
「ま、まぁ、でも、リラは慈悲深いな。普通の令嬢なら、まず、平民が屋敷にいるだけで気に入らないのに。」
「……そうでしょうか。」
リラにしては珍しく、何処か気のない返事をし、二人は焦りまくった。それを見かねてか、インゴルフは話題を変える。
「そう言えば、リゼフィーネ嬢は、どんな魔獣に遭遇したんだ?」
「なんだか真っ黒で、赤い目をした魔獣に襲われていましたわ。」
「「「はっ!?」」」
三人は普段からは考えられない程、間抜けな声を上げた。あまりにも可笑しな声だった為、リラは吹き出さないようにするのに必死だった。それを何とか隠して、ニッコリ微笑む。
青二才のそれがどこまで通じるのかは定かでは無いが、少なくともマティアスには通じたらしい。彼は可笑しな声のまま、リラに言った。
「り、リラ、そいつは野犬と少し似ていなかったか?」
「はい、お父様。あの余りにも理性のない目と大きさ以外はとても。」
リラは話している内にあの悍しい魔獣を思い出してしまったが、特に怖がる様子は無く言った。あの時、リラは魔獣よりもカリナを失うことの方が怖かったのだ。まぁ、それを本人に言ったら真っ赤になって否定するだろうが。
「リラ、僕が剣を刺したときにはもう、魔獣は結構衰弱してたけど、メイドがやったのかい?」
アルフレートがリラに目線を合わせて話しかけた。彼がリラに話しかける口調は、いつも通りの優しい声だ。
なのだが、『メイド』と言う部分だけ、ほんの少しだけ強めた。先程、アルフレートはカリナに向かって『重い!!』と言い、床に落とした。その瞬間、彼女は目を開け、アルフレートのとっさの防御も虚しく、彼女の強烈な足蹴りをくらったからだ。
アルフレートは、女性にしてやられたことなど無い。生まれて初めての経験に、アルフレートのプライドは少なからず傷ついたのだ。
そんな事情など、マティアスと一緒に部屋の外にいたリラは知らない。その変化に気付くことなく、彼女は話を続けた。
「いいえ、お兄様。カリナは魔獣を退治しようとしたんですが、逆にやられてしまって……!」
「リゼフィーネ嬢?だったら、誰の仕業だ??」
インゴルフは思わず身を乗り出して、リラに問いかける。貴族令嬢にそんなことをするのは無礼にも程がある。そんなことまで頭が回らない程、興味をそそられたらしい。
その横で自分の愛娘に近寄られたことが気に障ったらしいマティアスが、じっとりとした目で睨む。インゴルフは鈍い振りをして、それを無視した。
「それは……分かりませんわ。カリナがやられているのを見て、言ってもたってもいられなくて、私、馬車の外に出たんですの。でも、私は魔獣と戦う術を持っていないでしょう?ですから、思わず、自分を囮にして……
「……リラ?お前は、なんてことをしたんだっっ!!そんなの、自殺行為に等しいぞっ!!」
ブチ切れるマティアス。普段ならそれでリラは黙るのだが、興奮している為に気付かない。
「申し訳ありません……。ですがっ!わたくし、魔獣が怖くなって悲鳴をあげたんですのっ!そしたら、そしたらですよっっ!突風が吹いて、魔獣を吹き飛ばしたんですわよ!きっと、どなたかが私の身を案じて助けてくださったんですわ!!」
「「「……はぁ、そうか……。」」」
きっと、誰かが自分を助けてくれたんだと信じてやまないリラに、三人はどう返すべきか迷う。女心の分からない不器用三人組には、理解出来ないのだ。
「そ、それでどうしたんだ?その後は?」
「その後はもちろん、カリナのところへ必死で走りましたわ。駆け寄って、声をかけたんですけど、応答がなくて……!」
「で、どうしたんだ??」
リラはマティアスに同じ言葉を二回も繰り返されて、なんだかイラッときた。だが、それを何とか堪えて何事も無かったかのように続ける。
「お父様とお兄様が駆け寄ったときには、何故か傷はありませんでしたわ。ですけど、確かにそのときは魔獣につけられた傷がありましたの。それで、わたくし、救えなかったんだって思って大泣きしていましたら、魔獣が来て……!そこでお父様とお兄様が来てくれたんですのよ。」
「……そうか、よく分かったよ。今日はもう遅いから、リゼフィーネ嬢はもう下がって、後は私たちに任せて欲しい。」
超早口で全て喋り終わったリラは、興奮して紅潮した頬を元に戻し、公爵令嬢の仮面を被る。
「分かりましたわ。それでは失礼させていただきますわ。」
ーリラはそう言って応接室から出て行った。
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待っていて下さった方、更新遅れてすみません……!!
次回は早めに更新します。
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