流星の子

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流星の子

「ねぇ、テルス。あの流星達が僕の兄弟だって言ったら、笑う?」  真夜中の丘の上で、ステラはテルスに尋ねた。ステラが指差した先には、無数の星が降っていた。今夜は四年ぶりに流星群が見られるのだ。  丘の上には一切の遮蔽物がなく、夏特有のぬるい風が吹き渡っていた。 「笑わないよ。だってステラは四年前の流星群の日に、森で倒れていたんだから」  テルスは真剣な顔で答えた。  四年前の夜、テルスはこの丘で一人、流星群を見ていた。テルスに両親はいない。兄弟もいない。祖父と二人で、森の入口に建つ小屋で暮らしていたが、祖父は足が悪く、丘を登れなかった。  流星は青白い光を放ちながら、地上へ降り注いでいった。テルスが流星群を見たのはその年が初めてで、あまりの美しさに言葉を失い、見入っていた。  だから、流星の一つがテルスの住んでいる小屋の裏にある森へ墜落した瞬間、テルスは「流星が近くで見られる」と、興奮した様子で丘を駆け下りていった。そこに倒れていたのが、ステラだった。  行き場がないという彼を、テルスは小屋へ招いた。同い年の子供と出会ったのは生まれて初めてで、テルスはとても喜んだ。 「いくら君が野兎のようにすばしっこくても、森の番人である僕のじいちゃんの目を盗んで、森へ忍び込むことなんて出来ないからね。あの時墜落した流星がステラだったとしたら、辻褄が合うだろう?」 「ご明察」  ステラは優しく微笑み、頷いた。 「あの流星群は僕の弟で、後輩さ。僕も含めて、みんな人工的に量産された子供なんだ。僕らは遙か遠くの惑星から、宇宙船に乗って来たんだよ」 「じゃあ、ステラは宇宙人なの?」  テルスは絵本で見た頭でっかちの宇宙人を思い浮かべ、驚いた。  ステラはテルスと同じ人間の少年にしか見えなかった。光沢を帯びた銀色の髪をしていたが、それは彼が異邦人だからだと思っていた。 「君からすれば、ね。僕らは授業の一環で、この星の調査をしに来ているんだ。ああして流星に擬態して、上空に停泊している宇宙船から地上へ降下するんだよ。そして、四年間の調査を終えたら、簡易ロケットを使って宇宙船に戻るんだ」 「戻るって、いつ?」 「今夜」  それを聞いて、テルスは頭の中が真っ白になった。  ステラとは、ずっとこのまま一緒にいられる気がしていたため、尚更ショックだった。 「そんな急に……」 「ごめん。君が悲しむと思って、言い出せなかったんだ」  ステラは申し訳なさそうに謝った。  その寂しげな表情を見て、テルスはステラも自分と同じように、別れるのがつらいんだと気づいた。 「君のおじいさんにはここへ来る前に、伝えておいたよ。いつもの仏頂面で、"達者でな"って励まされた」 「ははっ、じいちゃんらしいや」  テルスの祖父もまた、ステラが来たことを喜んでいた。顔には出さないが、ステラをもう一人の孫のように、優しく接していた。 「何時に発つんだい?」 「簡易ロケットを宇宙船に忘れてきてしまってね、すぐには出られそうもない。地球へ降りるのがあまりにも楽しみだったから、うっかり忘れてきたらしい。でも、大丈夫。優秀な後輩が運んできてくれるはずだから」  その時、一筋の流星が真っ直ぐ二人に向かってきた。青く輝きを放ちながら、近づいてくる。 「ステラ! あの流星、こっちに近づいてくるよ!」 「うん。どうやら僕に気づいたらしい」  やがて流星は人型へと変化し、テルスやステラよりも幼い少年が二人の前に降り立った。  少年は銀色に輝く、不思議な服を着ていた。少年が着地すると、彼をまとっていた青い光は次第に輝きを失っていった。 「こちら、M45-443。コードネーム、プレアデス。"海の星"に無事、着陸しました。計器に支障はありません。これより調査を開始します」  少年は指で口元に触れ、何やら独り言を話すと、指を離し、ステラに向き直った。 「S10-12お兄様、船内に簡易ロケットをお忘れになりましたね? また生徒が下界の人間に捕まったのかと、教官達が焦っておりましたよ。仕方ないので、持ってきてあげました。良かったですね、永住せずに済んで」 「ありがとう、プレアデス。助かったよ」  プレアデスは首から金色のロケットの飾りがついたネックレスを外すと、ステラに渡した。  ステラはネックレスを受け取るなり、ネックレスのチェーンから力任せにロケット引きちぎり、地面へ放り投げた。すると、ロケットは空中で大きく膨らみ、人一人が立ったまま中に入れるサイズに変化した。 「すごい……! ステラ、これに乗って帰るのかい?!」 「そうだよ。片道分の燃料しか積まれていない、一人用のロケットだけどね」  テルスは黄金色のロケットを前に、興奮を抑えきれなかった。ステラがこのロケットに乗って帰ってしまうのは辛かったが、これが空を飛ぶのかと思うと、楽しみで仕方なかった。  その様子を見て、プレアデスはハッと息を飲んだ。ステラと話すのに夢中で、テルスの存在に気づいていなかったらしい。 「……申し訳ありません、お兄様。"検体"に話を聞かれてしまいました」  プレアデスはバツが悪そうにステラに謝った。  テルスには"検体"というのが何を意味しているのか分からず、ポカンとしていたが、言葉の意味を理解しているステラはムッとして「違うよ、プレアデス」と弟に言い聞かせた。 「彼は僕の友達だ、"検体"じゃない」 「おや、そうでしたか。これは失礼」  プレアデスはあっさり自分の非を認め、テルスに謝る。  しかし今度は懐から手鏡を出し、テルスへ向けようとした。 「では、記憶を操作しなくてはなりませんね。僕らの正体やテクノロジーを知られたままではマズいですから」 「プレアデス」  それを見たステラはプレアデスから手鏡を奪い、地面へ叩きつけた。「バリンッ」と耳障りな音が響き、手鏡は粉々に砕けた。 「……」  プレアデスは驚きのあまり言葉を失い、割れた手鏡を拾い上げる。  ステラに視線をやると、彼は黙って首を振った。 「……どういうつもりです? まさか、彼とここで暮らすなんて仰いませんよね?」  ステラは「いや」と否定した後、真剣な表情で答えた。 「テルスも連れて行く」 「えっ?」  テルスは信じられない面持ちで、ステラの顔を見た。  ステラもテルスの顔を見て、ニッコリと笑った。 「テルス、君は僕の親友だ。離れ離れになんて、なりたくない。次に調査へ来られるかどうかも分からないし、これで二度と会えなくなるかもしれないと思うと、寂しいよ。君さえ良ければ、一緒に行かないか?」 「で、でもどうやって? 僕は簡易ロケットなんて持ってないのに」 「大丈夫。一人分くらいなら、なんとかなるよ。プレアデス、僕の同期達の様子はどうかな?」  ステラはプレアデスに向き直り、尋ねた。  プレアデスは肩をすくめ、「やれやれ」と首を振った。 「相変わらず、困った方達ですよ。既に何名かのお兄様達が"ここに残りたい"と駄々をこねているそうです」 「アルタイルか? それともデネブ?」 「アルタイルお兄様もデネブお兄様もです。お二方とも、"もっと冒険がしたい"と暗号通信で仰っていました。他にも、ベガお兄様は"この星に咲く全ての花を集めるまで帰らない"、アンタレスお兄様は"かわいこちゃんがいっぱいで、うっはうは"だそうです」 「みんな、四年経っても変わらないなぁ。それならなんとかなりそうだ」  ステラはテルスに向き直り、説明した。 「つまりね、君は僕の同期の誰かと入れ替わればいいのさ。簡易ロケットはその誰かからもらえばいい。教官達は僕らを識別番号で管理しているから、細かいデータを細工すれば誤魔化すのは簡単だ。僕らは人工的に作られた子供だし、母星に帰った後も気兼ねなく暮らせる」 「で、でも、もしバレたら……」 「平気さ。入れ替わった同期には悪いけど、君は"未知の惑星から来た子供に脅されて、なくなく入れ替わった善良な人間"を演じればいい。無害だと分かれば、殺されることはない」  どうかな? とステラはテルスの顔色を伺った。彼は危険を犯してまでも、テルスについて来てもらいたいらしい。  もちろん、テルスもそのつもりだった。しかし、「行く」と答えようと口を開いた時、ふいに脳裏に祖父の顔が浮かんだ。  このままテルスがステラと共に行けば、祖父はひとりぼっちになってしまう。足が悪く、思うように体を動かせない祖父だけでは、生活に支障が出るだろう。何より、祖父があの小さな小屋で一人で暮らしている姿を思い浮かべると、胸が痛んだ。 「……ごめん、ステラ。僕、じいちゃんを残して、行けないよ。宇宙船には君一人で帰ってくれ」  テルスは絞り出すように声を出し、ステラに言った。  テルスの答えを聞いた瞬間、ステラは泣き出しそうになりながらも「分かったよ」と無理やり笑顔を作り、頷いた。 「君がおじいさんを置いていけるわけないよね……ごめん。プレアデス、一応聞くけど、六十代男性を僕の同期として連れて行くのは、さすがに無理があるよね?」 「聞くまでもないでしょう? よほど若く見えない限り、無理ですね。外見補正ホログラムを使ったところで、教官達の目は誤魔化せませんから」 「そうだよね……」  ステラは簡易ロケットへ歩み寄り、重厚なドアを開いた。中には頑丈そうな椅子が一脚、設置されていた。 「テルス、僕はきっと戻ってくる。その時はおじいさんも一緒に、僕の星へ遊びにおいでよ」  ステラはテルスを振り返り、言った。 「うん。絶対に行くよ」  テルスも頷き、再会を誓った。お互い、別れの言葉は言わなかった。 「それとしばらくの間、プレアデスを君の家で預かっていてくれないか?」 「え?」 「は?」  ステラの意外な頼みに、テルスとプレアデスは目を丸くした。 「ちょ、ちょっと待って下さい、お兄様! なぜ僕がこんな取るに足らない人間のもとで生活せねばならないのですか?! もっと有意義な活動が、いくらでもあるでしょう?! 僕の四年間を棒に振れと仰るのですか?!」 「決めつけるのは早いよ、プレアデス。テルスも、テルスのおじいさんも、僕達が知らない色んなことを知っているんだ。必ず、勉強になる」 「僕はとっくに"海の星"学を履修済みですよ? この星について僕が知らないことなんて、ありません」 「本当にそうだと思うなら、なおさら彼のそばにいるといい。きっと驚くから」 「……大したことなかったら、すぐに出ていきますからね」  プレアデスは渋々、テルスのもとで世話になることを承諾した。  するとステラはテルスを呼び寄せ「プレアデスを頼んだよ」と声をひそめて言った。 「彼はデータでしか物を見たことがないんだ。森の広大さも、空の青さも、木の実の甘酸っぱさも、実際には知らないんだよ。だからどうか、おじいさんと一緒に教えてあげて欲しい。かつての僕のように」 「それは教えがいがありそうだ。いいよ、君の弟のことは任せて」  テルスは会ったばかりの頃のステラを思い出し、ニヤッと笑った。  ステラもまた、地球のことを知識でしか知らない人間だったが、今では一人で森へ入り、薪を集めて戻って来られるまでに成長した。今は渋々残ると決めたプレアデスも、きっとここが気にいるようになるとテルスは確信していた。 「ありがとう、助かるよ」  ステラはホッと息を吐き、簡易ロケットの中へと入っていった。  既にステラの弟達は全員地上へ降り、夜空は闇に戻っていた。 「それじゃ二人とも、仲良くするんだよ」  ステラはそう言い残し、ドアを閉めた。 「ステラ……」 「発射しますよ。危ないですから、離れて下さい」  テルスはプレアデスに手を引かれ、ステラを乗せた簡易ロケットから離れる。  やがて噴射口から金色の光があふれたかと思うと、簡易ロケットは勢いよく発射し、あっという間に夜空の彼方へと消えていった。簡易ロケットが通ったあとには、黄金の光の筋を残っていた。 「なんて綺麗なんだ……」  テルスが光の筋に見入っている横で、プレアデスは顔をしかめた。 「……お兄様、隠蔽ホログラムを作動し忘れているではありませんか。これでは、我々の存在がバレてしまいますよ」 「きっとステラは僕に見せたかったんだよ。まるで黄金の天の川のようじゃないか」 「黄金の天の川なんて存在しませんよ。それとも、"海の星"ではそういうジョークが流行っているのですか?」 「……さっきから気になってたんだけどさ、」  テルスはプレアデスに教えた。 「"海の星"じゃない。ここは、地球だよ」
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