3

1/1
前へ
/17ページ
次へ

3

上木(かみき)さん。お孫さんが来てくれましたよ」 ばあちゃんはベッドのうえで半身を起こして、ほおけたように雨でくぶる庭先を眺めていた。 まったく微動だにしない。 すこしまえであれば、ベッドからころげ落ちそうになりながら歓迎してくれたのに。 「大好きなお煎餅(せんべい)も持ってきてくださいましたよ」 おれはコートを抱えるようにしてベッド脇に腰を下ろした。 壁にはお誕生日おめでとうと書かれた模造紙に、ちびをかたどったネコの折り 紙が添えてある。 「ねえ、俊介」ばあちゃんはきょとんとした表情で言う。 「悠真は、どこなんだい」 おれはぎゅっと拳を握りしめる。 悠真はおれの弟だ。行方不明になって以来、そのままになっている。 「どこに行ったんだろうな」 「じいちゃんとふたりで隠れんぼかい。この雨に濡れないといいけど」 「そうだな。傘を渡しておくべきだったよ」 しばらくの介護経験からいうと、発言内容は否定しないほうがいい。 そっちのほうが暴れる心配がない。 ばあちゃんは認知症に侵されたいまでも、過去の迷宮を彷徨っている。 「なあ、松原。こういうとき、何科の医者に相談するべきなんだろうな」 彼女はなんとか力になろうと、駅前の脳神経内科がいいとか、認知症クリニックの先生が親身になってくれるとか、色々教えてくれた。 それはそれでありがたかったが、多くは期待していない。 人生はどうにもならないことの連続だから。 「ばあちゃん。それじゃあな。また来るよ」 「俊介。悠真は」 「もうすこしで帰ってくるさ」
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加