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3
「上木さん。お孫さんが来てくれましたよ」
ばあちゃんはベッドのうえで半身を起こして、ほおけたように雨でくぶる庭先を眺めていた。
まったく微動だにしない。
すこしまえであれば、ベッドからころげ落ちそうになりながら歓迎してくれたのに。
「大好きなお煎餅も持ってきてくださいましたよ」
おれはコートを抱えるようにしてベッド脇に腰を下ろした。
壁にはお誕生日おめでとうと書かれた模造紙に、ちびをかたどったネコの折り
紙が添えてある。
「ねえ、俊介」ばあちゃんはきょとんとした表情で言う。
「悠真は、どこなんだい」
おれはぎゅっと拳を握りしめる。
悠真はおれの弟だ。行方不明になって以来、そのままになっている。
「どこに行ったんだろうな」
「じいちゃんとふたりで隠れんぼかい。この雨に濡れないといいけど」
「そうだな。傘を渡しておくべきだったよ」
しばらくの介護経験からいうと、発言内容は否定しないほうがいい。
そっちのほうが暴れる心配がない。
ばあちゃんは認知症に侵されたいまでも、過去の迷宮を彷徨っている。
「なあ、松原。こういうとき、何科の医者に相談するべきなんだろうな」
彼女はなんとか力になろうと、駅前の脳神経内科がいいとか、認知症クリニックの先生が親身になってくれるとか、色々教えてくれた。
それはそれでありがたかったが、多くは期待していない。
人生はどうにもならないことの連続だから。
「ばあちゃん。それじゃあな。また来るよ」
「俊介。悠真は」
「もうすこしで帰ってくるさ」
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