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悪意はないにせよ、大切な人をあざむく嘘は、自分自身の心をも侵食していく。
おれはばあちゃんの顔は直視できないまま、原稿を机に置いて帰ることにした。
「あの、上木さん」
下着やオムツなどの消耗品を確認して帰ろうとしたところで、松原に呼びとめられた。
「なに」
「ゆっくり休めていますか。眼の下のくま、すこし増えた気がします」
彼女なりに気を遣ってくれているのだろう。
だがべらべらと喋る気分にはなれなかった。
世のなかには、覗きこむべきではない暗闇もある。
特に彼女のような人種は、他人の痛みにも敏感だろうし、背負わなくていい重荷まで持とうとしてしまうものだ。
おれが沈黙を貫くと彼女は笑顔を萎ませた。
「ごめんなさい。こんなこと聞かれても迷惑ですよね。新作、楽しみにしていますから」
おれは返事をせずに施設を後にした。
こうなった以上、小説はこれで最後にするつもりだった。
傘立てからビニール傘を抜きとって広げると、レームは壁にもたれてたばこをふかしていた。
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